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北朝鮮の攻撃的姿勢 後継作業と関係


●革コート写真の衝撃


 北朝鮮が公開した写真が、北朝鮮ウォッチャーたちに、あらためて衝撃を与えた。

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の娘、金ジュエ氏が2023年11月30日、航空節を記念して朝鮮人民軍第1空軍師団飛行連隊を訪れ、デモ飛行を参観した。朝鮮中央通信が翌日の12月1日に、この時の写真を配信した。

 ふっくらとした面立ちのジュエ氏は、正恩氏と同じサングラスと革のコート姿。問題は立っていた位置だった。

 ジュエ氏は父親より前、写真の中央に立っていた。ジュエ氏は昨年11月から、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射といった軍関連の行事を中心に計19回公式報道に登場している。

 これまでは正恩氏のすぐ横や後ろにいた。最高指導者が写真中央に堂々と登場するのが北朝鮮での常識だが、航空節の写真は、それを覆していた。一部報道によれば、彼女には最近、「朝鮮の新星」「女将軍」といった称号も付与されたという。

●女性後継なら金一族支配の終わり

 金ジュエ後継説には懐疑的な見方も強かった。

 家父長的な伝統の強い北朝鮮では、最高指導者の娘であっても後継者にはなれないし、政権幹部も付いていかないというものだ。

 韓国紙・東亜日報のベテラン記者で脱北者のチュ・ソンハ氏は、米国の対北朝鮮放送であるアジア自由放送(RFA)で、「北朝鮮で女性指導者は考えにくい」と語っている。

 北朝鮮では政権幹部や軍は、若い女性に仕えようとはしない。厳しい処刑で国内を統制すれば可能かもしれないが、「心から従う人はいない」と断言している。

 チュ記者はさらに、韓国の例を引き合いに出した。財閥や大企業は息子を後継に選ぶ。「娘を後継者にすれば姓が変わるからだ。その娘が結婚して子供を産むと夫が経営権を握り、世襲が途切れてしまう」。

 つまり北朝鮮の金一族支配が終わることを意味するので、あり得ないとの意見だ。説得力もあり、これまで主流の見方だった。しかし冒頭に紹介した写真は、こういった懐疑論を後方に追いやってしまった。

 チュ記者も最近は、ジュエ後継に比重を置いており、北朝鮮は孤立政策を取るだろうと予測している。


●経済難と健康不安背景に

 まずは北朝鮮に関して最も豊かな情報源を持つ韓国政府が「ジュエ後継説」に傾いた。

 12月6日に金暎浩(キム・ヨンホ)韓国統一相が、担当記者との懇談で、冒頭の写真について「(北朝鮮が直面している)経済的困難の中で、後継作業をやや急いでいるとの証拠」と発言した。いつもは慎重な姿勢を崩さない韓国政府高官が、ジュエ氏後継説に言及するのは初めてだった。
 
 後継を急ぐ理由について金統一相は、北朝鮮が在外公館を相次いで撤収していることや、慢性的な食糧難で脱北者が増えていることなどを挙げた。

 北朝鮮は、現時点で世界の159カ国と国交を結んでおり、うち13カ国に大使館を設置している。その在外公館のうち7つを23年に閉鎖した。国際的な経済制裁の影響で、維持できなくなっているようだ。

 金統一相は「在外公館の撤収について、「北朝鮮外交が難関にぶつかり、財政的な限界まで明らかにした結果」と述べた。また、韓国に入国した脱北者の数が、前年の67人から2023年12月まで180人に増加した点も挙げた。

 韓国政府が言いにくい理由もありそうだ。それは、正恩氏の健康問題だ。1984年1月生れで、まだ40歳と若いが、身長165センチに、体重は100キロ超。誰が見ても、健康体とは言えない。

●後継作業はすでに終了との見方も

 北朝鮮外交官出身の太永浩(テ・ヨンホ)国民の力議員は、さらに踏み込んだ見方を示す。自身のフェイスブックに投稿した太議員は、今まで北朝鮮メディアが、ジュエ氏に対して「愛するお子様」、「尊敬するお子様」などと呼称してきたとした上で「北朝鮮が今回の衛星発射成功を娘の神格化、偶像化に利用しているなら、娘を後継者に任命する内部手続きを終えたことを意味する」と主張した。

 その根拠として、正恩氏の父、故金正日(キム・ジョンイル)総書記が、正恩氏に権力を継承したプロセスとの類似性を挙げた。

 「金正日総書記が脳卒中を煩い、歩行が困難になったことが外部に知られた2009年初め、24歳の金正恩に『金大将』という称号を与え、突然『パルコルム(足取り)』という歌を全国的に広めて、偶像化、神格化作業を始めた」と例示した。

 当時も正恩氏を後継者と公式宣言する会合は全く開かれなかったが、北朝鮮住の住民は、呼称の変化から「後継者が決まった」と判断していた。確かに今回とよく似ている。

 もし後継作業が本格化しているのなら、北朝鮮は韓国や米国に対して攻撃的姿勢を強めるだろう。軍事境界線周辺で小競り合いを起こす可能性もある。

 たしかに、今年に入って、北朝鮮は韓国を「主敵」と規定し、統一を放棄するとまで宣言している。



 それでも私は、正恩氏が、後継者を巡り右往左往する韓国や世界の報道ぶりを楽しんでいるのかもしれないと考えることがある。関心がジュエ氏に集中しているところで、成長した息子が登場し、後継を正式に表明する。世界が驚く――。そんなシナリオだ。まだ十分ありうる気がする。
 



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