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男のロマン

 大 西 貞 明  甲3期

 「家族のためには汗を、友のためには涙を、国のためには血を流せ」と空の男の友情で駆けつけてくれた俳優の鶴田浩二少尉が壇上から訴える。昭和54年5月、京都での予科練まつり。人生は別離の歴史である。昭和13年、甲種予科練3期生として海軍に入った240名の友は、真珠湾から沖縄までの航空戦を戦い抜き、僅か36名が生き残った。私は一期一会の友を再び得たいと念じ、予科練15万人の全国会長となった。

 戦後の“特攻くずれ”は、千差万別の思想や職業を生み、知友は国会議員、労組書記長、俳優、医師、アウトローそして警察官など多彩をきわめている。私の人生劇場第一部は血と汗と涙の戦場での「青春編」であり、第二部は敗戦後の「苦闘編」である。

 そんな想いのなかで、無名戦士として散った友の鎮魂と戦争の虚しさを訴えるため、「予科練まつり」を開催した。二千数百名の参衆したなかで、遺族を見守りながら、鉄の爪で涙をぬぐっている男がいた。7期生の村上令君である西日本新聞の運動部長を経て、現在は平和台球場の常務である。

 昭和17年、開戦経験者の私は急拠潜水艦でソロモンから静岡に戻り、練習生の訓練をはじめた。その中に村上令君がいた。激戦地帰りの自分には、平和な内地での訓練飛行は性に合わない。夏のある日「奴も卒業してラバウルにいけば、10日ともたないだろう。今のうちに生き仏を拝ませてやる」と、草薙水泳場のヨシズ張りの脱衣場の上を超低空でサービス飛行をしてやった。このストリップ見物が露顕して、小官は飛行停止をくらったが、村上練習生はおとがめなしであった。

 昭和18年11月8日、瑞鶴の艦爆隊員としてブーゲンビル沖航空戦に出撃した村上君は、連日の下痢で脱脂綿のオシメをした冴えない発進であった。7時間後にラバウルに辿りつき、滑走路に横転した彼の右手首はグラマンにやられて皮一枚でぶらさがっていた。

 鋸で手首を切り落され、シュンとして内地へ後送される彼を見送り「俺はいずれ戦死する。腕はなくても奴は祖国で生き続けるであろう。羨しい奴だ」と、思ったものである。この時点で彼の4人の戦友は、他の戦場で全員戦死していた・・・。

 戦後1年目に私はサイゴンから帰国したが、彼の飛行機乗り根性は「隻腕ラガーの令ちゃん」として、明大ラグビー部主将の地位に蘇生し、全国制覇を達成していた。“フジャマのトビ魚”古橋広之進ととも、その意気はわれわれ敗残兵に大いに活をいれてくれたのである。

 大学卒業後、百貨店でブラジャーを売らされた大阪の衣料品会社に即日辞表をたたきつけて九州に帰り、やがて西日本新聞社に入社した。その後、村上運動部長が左手で書く原槁は、選手の「技」よりも「心」に焦点を合わせていた。

 私の友には「日本の心」と「男のロマン」がある。人生は素晴しい。生きていてよかったと、しみじみと思うのである。

(海原会機関誌「予科練」47号 昭和55年9月1日より)


 予科練の所在した陸上自衛隊土浦駐屯地にある碑には以下の碑文が残されている。

 「予科練とは海軍飛行予科練習生即ち海軍少年航空兵の称である。俊秀なる大空の戦士は英才の早期教育に俟つとの観点に立ちこの制度が創設された。時に昭和五年六月、所は横須賀海軍航空隊内であったが昭和十四年三月ここ霞ケ浦の湖畔に移った。

 太平洋に風雲急を告げ搭乗員の急増を要するに及び全国に十九の練習航空隊の設置を見るに至った。三沢、土浦、清水、滋賀、宝塚、西宮、三重、奈良、高野山、倉敷、岩国、美保、小松、松山、宇和島、浦戸、小富士、福岡、鹿児島がこれである。

 昭和十二年八月十四日、中国本土に孤立する我が居留民団を救助するため暗夜の荒天を衝いて敢行した渡洋爆撃にその初陣を飾って以来、予科練を巣立った若人たちは幾多の偉勲を重ね、太平洋戦争に於ては名実ともに我が航空戦力の中核となり、陸上基地から或は航空母艦から或は潜水艦から飛び立ち相携えて無敵の空威を発揮したが、戦局利あらず敵の我が本土に迫るや、全員特別攻撃隊員となって一機一艦必殺の体当りを決行し、名をも命をも惜しまず何のためらいもなくただ救国の一念に献身し未曾有の国難に殉じて実に卒業生の八割が散華したのである。

 創設以来終戦まで予科続の歴史は僅か十五年に過ぎないが、祖国の繁栄と同胞の安泰を希う幾万の少年たちが全国から志願し選ばれてここに学びよく鉄石の訓練に耐え、祖国の将来に一片の疑心をも抱かず桜花よりも更に潔く美しく散って、無限の未来を秘めた生涯を祖国防衛のために捧げてくれたという崇高な事実を銘記し、英魂の万古に安らかならんことを祈って、ここに予科練の碑を建つ。」

昭和四十一年五月二十七日

海軍飛行予科練習生出身生存者一同

撰文    海軍教授 倉町歌次


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