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☆私にふりそそぐもの 6話

その晩、私と早川さんは草津から自宅に戻った。

早川さんは明日から仕事が始まるが

私はまだアルバイトを決めていない。

そろそろ決めないと、そう思っている。


実は明後日の土曜日に、早川さんが家に来ることになった。

父とプロのカメラマンの人が撮影した映像をどうしても、観たいという。

断る理由も無いので私は承諾した。

「明日はバイトを探しに行こうかな。今度はどんな仕事にしよう」


私が正社員を探さずに、アルバイトで生活しているのは、父のことがあるから。

いつ帰って来てもいいように、また私から探しに行くことが出来るように、出来るだけフットワークを軽くしておきたいからだ。

父にお金を貸してくださった皆さんに、せっせと返済している父。

借金も残りわずかとなっていた。


「返済を終えたら帰って来るかもしれない」

そう考えることも現実味を帯びて来た。

「草津の疲れが出て来たみたい。今夜は早めに寝ることにしよう」

その晩はお風呂にも入らずに眠りについた。


翌日、私はスマホでバイト探しをしていた。

事務系の仕事は私には合わないと思っている。

人と直接、会話を交わす接客業の方が楽しいし、向いている気がする。


「ケーキに魚屋に巫女さん。何がいいだろう」

「なんだか、お腹が空いたな。外に出てみよう」

私は着替えると街に出た。

「買って帰るのもいいけど、せっかくだから外食しようかな」

そう思ったら直ぐ横にラーメン屋さんがあった。


「ラーメンいいじゃない、ここにしよう」

店内は、男性客ばかりで女性は一人も

いなかった。

とりあえずテーブル席に着いて、メニューを開いて見た。


「チャーハンもいいな、青椒肉絲も食べたいし、困ったな、決まらないよ」

散々、悩み結局はラーメンと餃子という

ごく普通の注文になってしまった。

お冷やを飲みながら私は店内の空気が

何故か緊張しているのが分かった。


お客さんのおじさんたちが、緊張しているのだ。

スポーツ新聞や、漫画雑誌を読んでいたけど果たして本当に読んでいるのか怪しかった。

「ラーメン屋さんに女が一人で入ることって珍しいのかな」


そんなこと思ってたらラーメンが運ばれて来た。

私はスープを飲むと、大好きな胡椒を多めにふりかけた。

直ぐに餃子もやって来た。

小皿にラー油をたっぷり入れて、醤油とお酢を少し混ぜ、

「いただきまーす」

まずはラーメンから。

うんうん、美味しい。私好みの佐野ラーメンに近いな。

餃子も皮の薄いパリパリなタイプで嬉しい。


空腹だったので早食いになってしまった。

でも満足満足。

お会計の時に、壁に貼ってある古ぼけたポスターに目がいった。

色が変色していたけど、不思議な感覚を覚えた。

どこかの、温泉街。

何でだか懐かしく感じたのだ。

行ったことあったっけ……。


帰宅して直ぐにバイトの求人先に電話をかけたら、明日面接を受けることになった。

仕事は八百屋さんだ。

「どうもガテン系に行きがちなのよね」


そして翌日、私は面接に行って来た。

来週からスタートする。

「さてと、明日は早川さんが来る日だから、掃除をしなきゃ」

いつもは、大雑把で済ましているが、今日は隅々まで掃除をしたら、だいぶさっぱりとした。


「けっこうな運動になるな」

汗っぽくなった服を脱ぎ、洗濯機を回した。


そして当日。

お昼過ぎに早川さんはやって来た。

「お邪魔します。咲希さんこれ」

早川さんから袋を渡された。

「見てもいいですか」

「もちろん、気にいってくれるといいんだけど」


「わあ!」

中身を見て私は声を上げた。

「これ、日本橋に出来たパン屋さんの。

よく買えましたね。開店前から行列が出来る人気店なのに」

「その行列の、一人が僕です」

早川さんは、照れ臭そうに笑った。

「わざわざ並んで買ってくださったのですね。ありがとうございます。食べたかったんですよ〜」


「それは良かった。並んだ甲斐がありました」

「いま紅茶を淹れますので、座っててください」

「はい。では遠慮なく」

そしてテーブルにパンと紅茶が置かれ、

私は父のカメラとテレビをケーブルで繋ぐと、古くなったビデオの映像が映し出された。


「この人が咲希さんの」

「はい、母です。抱っこされてるのが私です」

「お綺麗な人ですね、お母さん。咲希さんは可愛いな」

私は恥ずかしくて、ひたすらパンを食べていた。

「あっ!美味しい!早川さんも食べてみてください。このクロワッサン最高ですから」


映像では、私が走り回ったり草の上を転がったりと、かなり活発だったのが分かる。

時折、プロの人が撮った映像になる。

やはりアマチュアの父とは比較にならない。


「あっ!ここ」

「ご家族で旅行に行かれたんですね、有名な温泉街だ」

「早川さん!ここは何ていう温泉街ですか」

「月乃予です。長野にある」

「月乃予。まるで覚えていないです」

「それはそうですよ、映ってる紗希さんは、まだ2歳くらいですからね」


「私、今から此処に行きます」

「えっ!今からですか」

「はい。何となくですが、父はここにいる気がします」

「そうなんですね。僕も行っても構いませんか?」

「もちろん!早川さんが居てくれたら助かります。頼りになりますから」

「早速、電車の指定券を購入しましょう。

宿は電車の中で決めます。僕も一旦自宅に戻って支度して来ます」


何でだか、私には確信に近いものがあった。

絶対に父は、この温泉街にいる。

心臓がドキドキしている。



















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