【童話】おまんじゅう
あれは小学校の何年生の時だったろう。
1人の男の子がクラスに転校してきた。
キリっとした顔の小柄な子だった。
日本中の工事現場を父親と一緒に周っているらしい。
母親のことは知らない。
その頃はまだ、からかうことはあっても、虐めは無くクラスの男子たちは、その子に話しかけていた。
しかし、その子は無口なので、みんなは自然と離れていった。
男の子は、いつも1人で椅子に座って1日を過ごしいた。
人と話すのが嫌いなのか、それとも転校を繰り返す内に、友達を作ることを諦めてしまったのか。
ある日曜日、わたしは和菓子屋さんに居た。そのお店は小さいけれど、おじいちゃんとおばあちゃんか作る和菓子は、とっても美味しい。
奥には、テーブルと椅子があり、よく和菓子を食べながら話しているお年寄りを見かける。
わたしは、お母さんから、好きなのを買っておいで、と財布を渡されていた。
ケースの中の和菓子は全部が美味しそうで、わたしは迷っていた。
ふと、テーブルを見ると、あの男の子が父親らしい男の人と何かを食べているのが見えた。
男性はトコロテンを食べているのが分かったが、男の子が何を食べているのかが見えない。
その時、わたしは男の子と視線が合った。
男の子は驚いた顔をしたが、すぐにプイっと視線をそらせた。
「お嬢ちゃん、何にしましょうか?」
おばあちゃんに、そう聞かれ、わたしは咄嗟に男の子を見ながら、「あれと同じのをください」と言った。
男の子はまた、驚いた表情でわたしを見た。
わたしは下を向いた。
何故、そうしたのかは分からない。
おばあちゃんは、「はい、これね」とケースから、真っ白なおまんじゅうを取り出した。
それからひと月後に、男の子はまた転校することになった。
担任の先生は、「短い間でしたが、一緒に学んだ仲間です。1人1人に挨拶をして握手をしましょう」
学校の先生は、時に残酷だ。
友達が居ないのに握手…。
男の子は無表情で1人1人の席を回った。握手はしなかった。
だんだんと、わたしの席に近づいてくる。無表情で通りすぎるだけだろうな。そう思っていた。
そして男の子は、わたしの席に来た。
えっ…
一瞬だったが男の子は笑った。真っ白な歯を見せて太陽みたいに笑った。
そしてまた無表情になり、次の席へと行ってしまった。
電車からは、男の子が父親と生活していたというプレハブの建物がまだ見えた。
けれど、その内に取り壊されて更地になった。
もう四半世紀前のことだ。
ろくに会話もしていない、その子のことを、わたしは数年に1度思い出す。
そのたびに胸がキュッなる。
その思い出は常に寂しさを伴う。
彼は今ごろ、どうしているだろう。
結婚して子供を授かり、もしかしたら、たくさんの孫に囲まれているかもしれない。
たくさんの笑顔の中で、真っ白なおまんじゅうを食べているといい。
太陽のような表情で笑っているといい。
本当に、そう思うんだ。
** (完)**
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