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 【鞠つき】

高校生活1日目。

周りに知り合いはいない。

私はやる事もなくて、黙って座っていた。

その時、1人のクラスメイトが話しかけてきた。

「わたしは林。林 万里絵。今日から同じクラスだね。よろしくね」

「私は宮城 さやか。こちらこそ宜しく」

私たちは握手をした。

すると林さんが、小声でこう言った。

「松本 洋子には近づかない方がいい」

「松本さん?あぁ、この学校に一番の成績で入った人ね。でもなんで?」

「あの子は鞠をつくから」

それだけ言うと、林さんは行ってしまった。

鞠をつく?何かの暗号だろうか…。

この女子校は学区内でも偏差値が高い。

松本 洋子さんは、かなりの成績でトップ合格したと聞いている。

私はやっと、引っかかった程度だから比べものにならない。

担任の小野田先生が入ってきた。

童顔が可愛い女の先生だ。

「今日はみなさんに、自己紹介をしてもらいますね。右端の一番前の人からお願いします」

みんな好きな芸能人のことや、将来の目標などを話している。

私は羨ましく聞いていた。

目標など私にはまだない。

とにかく皆んなに遅れないようにしなきゃ。

「では、松本 洋子さん」

小野田先生に呼ばれて、松本さんが立ち上がり話した。

「松本 洋子です。私の目標は東大に入り、大学院を卒業後、ハーバード大学に留学することです」

それだけ話すと、さっさと座った。

教室内が微妙な空気になった。

そして私の番だ。

「宮城 さやかです。将来のことは、まだ何も考えいません。

えーと、嵐のファンです」

そう言うと誰かが「わたしも〜」と、言ったので、教室内は笑い声が響いた。

帰宅途中、母から頼まれた品物を買う為にスーパーに向かっていた。

「宮城さん」と声をかけられ、振り向くと、林さんがいた。

「宮城さんは嵐が好きなんだね。実はわたしもなの」

「そうなんだ!誰か好き?」

「うーん、誰か1人には決められないや。みんな好きだな。宮城さんは?」

「私は大ちゃんが一番かな」

「そっか、寂しくなるね」

「うん、でも大ちゃんが決めたことだから。それよりさっきの話しなんだけど」

「さっき?なんだっけ」

「松本さんが鞠をつく、っていう」

林さんは、しばらく黙っていたけれど、決心したように言った。

「まだ知り合ったばかりなのに変かもしれないけど、宮城さん、わたしの家に泊まりに来ない?」

「え!別にいいけど、何か関係あるの?」

「うん、言葉で話すより見てもらった方が早いから」

「分かった。許可を取っておく。近いの?」

「水口っていう駅知ってる?」

「あぁ、スーパー銭湯があるよね」

「そうそう、駅からは近いよ。今度の金曜日でどう?」

「たぶん大丈夫」

「駅に着いたら電話して。迎えに行くから」

「分かった」

そう言って私たち別れた。

金曜日になり、私はいま水口駅にいる。林さんのお母さんに、気を使わせたく無かったから、夕食時は避けた。時を廻っていた。さっそく林さんに電話をかけた。

10分後に彼女は改札まで来てくれた。

「行こうか」

「うん、よろしく」

林さんの家はタワーマンションの11階だった。

玄関を上がり、林さんの両親に挨拶をして、彼女の部屋に行った。

ここはタワーマンションが何棟も建っているので、まるで都会のビル群のようだ。

私の家は築30年は経つ、一軒家なので、こういったマンションには憧れがある。

林さんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。

私はとにかく松本さんのことが知りたくて、たまらない。

そんな私の様子を見て、林さんが、

「まだ時間があるの。だからゲームでもしてよう」

そう言われて私たちはケーキを食べながらゲームに没頭した。

少し眠気が来たとき、何かの音が微かに聞こえた。

私は林さんを見た。

林さんは、窓を少しだけ開けて外を見ている。

そして私に手招きをした。

私は少し怖くなっていたので、見たいような、見たくないような気持ちだった。

「宮城さん、早く」

林さんな呼ばれ、恐々と窓に近づいた。

「あれを見て」

私は窓から少しだけ顔を出して外を見てみた。

「向かいの棟の非常階段を見てごらん」

え!

そこには松本さんが居たのだ。

両手でボールみたいな物を持っている。

すると、鞠つきを始めたのだ。

あの歌を歌いながら松本さんが鞠をついている。

『てんてんてんまり てん手まり

てんてん手まりの手がそれて

どこからどこまで とんでった』

私は震えてしまい窓から離れた。

林さんが静かに窓を閉めた。

「いったいどういう事?いつから松本さんは…」

「第一志望の高校を落ちてから始まったの」

私は黙って聞いていた。

「松本さんの家は、教育熱心で有名なの。特にお母さんが。だから松本さんが超難関な私立高校を落ちた時には、お母さんは半狂乱になったらしいの」

「先日の自己紹介で松本さんが言ったことは事実だけど、本当に彼女の願望なのか、お母さんのなのか分からないよね。可哀想だと思う」

私たちはしばらく黙っていた。

深夜0時を過ぎていたので、寝ることにしたが、相変わらず松本さんの歌声が小さく聴こえてくるので、私は中々、寝付けなかった。

その後、私は高校生活に慣れて、林さん以外にも友達もでき、松本さんのことは考えなくなっていた。

ただ、彼女が東大に合格しますようにとは願っている。

3年になると、松本さんは余り学校に来なくなった。

噂では塾と家庭教師に忙しいらしい。

そして卒業することになり、私は地元の大学に行くことにした。

林さんとも話す機会が減ったまま、私は高校を卒業した。

春休みに私は久しぶりに林さんに電話をかけてみた。

「宮城さん!わぁ元気?」

林さんは広島の大学に行くとのことだった。

私は聞こうかどうか迷っていると、林さんの方から、

「松本さんのことでしょう?私もよく知らないのよ。彼女の家族は引っ越しちゃったし、卒業式にも来なかったでしょう?ただね、東大はダメだったみたいよ」

メールしてね、と約束して電話を切った。

その頃、北国では遅い春を迎えていた。

溶けだした雪の下から春の訪れを告げる山菜が、あちこちで顔を出している。

この日も1人の老婆がふきのとうや土筆を探して、畦道を歩いていた。

すると急に歩くのをやめた老婆は、目を見開いて、悲鳴を上げながら元来た道を必死に戻っていった。

溶けた雪の下に、2人の女が目を閉じて横たわっていた。

若いほうの女は、赤く綺麗な刺繍の入った鞠を胸に抱いていた。

その顔は、微笑みを浮かべて眠っているかのようだったと訊いた。


      了












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