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従業員の精神障害発症に対する会社の責任~従業員側の過失で責任は軽くなるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 不幸にして自社の従業員が精神障害を発症してしまった時、その原因が会社における過重な労働や高いストレスにあれば、労災保険給付の対象となりますし、会社に対して、健康配慮義務違反(労働契約関係から生じる債務の不履行)や注意義務違反(不法行為)を理由とする損害賠償の請求がなされる可能性が出てきます。

 もちろん、そのような会社の責任が認められるには、会社の不履行や不法行為と精神障害発症との間に相当因果関係があることが必要です。

 では、因果関係がありさえすれば、精神障害の悪化(時には自殺に至ることも・・・)について、会社は常に100パーセントの責任を負うのでしょうか。

過失相殺が認められた裁判例

 労働者が自殺した事案で、遺族がその労働者の健康状態を会社に告知していなかった点が労働者側の過失ではないかが争われたものがあります(みくまの農協(新宮農協)事件(和歌山地方裁判所平成14年2月19日判決))。

 この件で、和歌山地方裁判所は、以下のように述べて、労働者側に7割の過失を認めました(太字部分は私が強調しました)。

 旧組合には安全配慮義務違反及び不法行為上の過失が認められるものの、台風襲来から亡三郎の自殺までが一月足らずという比較的短い期間であったこともあって、東山(亡三郎の上司)らは、実際にはその異変に対して直ちに何らかの対処を要するとは考えておらず、また、およそ通常人であれば誰しもが直ちに対処を要する事態であることを容易に認識することができるほどの認識可能性があったとまではいえない・・・。
 他方、亡三郎の損害については、同人の自殺が前記のとおり同人の素因(精神疾患)に主たる原因がある。また、亡三郎の家族である原告らの損害については、上記同様のほか、原告らは、自らの手によって亡三郎の勤務環境を改善し得る立場にあったとは認められないものの、亡三郎の家族として同人の症状に気付いて対処すべきであり、また、前記前提事実のとおり、昭和六一年当時、旧組合が従業員である亡三郎の勤務環境に対して相当な配慮をなしていたことからみると、亡三郎が精神疾患に罹患したと認められる八月ころにおいても、亡三郎の異変に気付いた家族の者から、その旨連絡がなされれば、旧組合において相応の対処がなされたものと考えられる・・・
 上記①と②を比較考量すると、亡三郎の損害及び原告ら固有の損害のいずれにおいても、その損害を算定するに当たり、過失相殺ないし同類似の法理により、亡三郎及び原告らに生じた各損害の七割を減額するのが相当である。

過失相殺が認められなかった裁判例

 労働者側の事情による過失相殺を認めなかった裁判例もあります(東芝(うつ病・解雇)事件(最高裁判所第二小法廷平成26年3月24日判決))。

 この事件では、労働者が過重な業務によって鬱病を発症し増悪させたとして使用者の安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償を請求したのに対し、会社側が当該労働者が自らの精神的健康に関する情報を申告しなかったとして過失相殺を主張しました。

 最高裁判所は、以下のように述べて、会社側のこの主張を認めませんでした。

 上告人は,本件鬱病の発症以前の数か月において,前記2(3)のとおりの時間外労働(平成12年12月に75時間06分、1月に64時間59分、2月に64時間32分、3月に84時間21分、4月に60時間33分の時間外労働)を行っており,しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ,その間,当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で,業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず,上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上,過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって,これらの一連の経緯や状況等に鑑みると,上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。

 上記の業務の過程において,上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ,上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。また,本件においては,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛,めまい,不眠等を申告し,同年5月頃から,同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,同月下旬以降は,頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し,その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝え,同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。このように,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し,業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,被上告人としては,そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり,その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると,被上告人が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく,これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。

過失相殺が認められないのは・・・

 これらの裁判例を見ると、会社において、業務軽減などの措置をとることが可能だったかどうか、という点で過失相殺の可否が判断されているようです。

 従業員側(遺族も含む)から具体的な病状についての申告があろうとなかろうと、過重な業務による体調不良を訴えられていたならば、会社は業務を軽減するなどの措置をとれたはずであり、そのような措置をとらないことについて、会社に全面的な責任があるということです。

 そもそも、従業員に対して過重な業務を課して放置していること自体、精神疾患を発症してしまう重大な危険行為である、ということを認識しないといけないということですね。

 精神疾患を発症したことについては、なかなか他人には言えませんし、特に雇用主に対しては言いにくいものであることを十分考慮に入れ、雇用主の側から積極的に行き届いた配慮をすることが大切です。

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