業務上災害で休職中の者を打切補償で解雇できるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 昨年末に結構長いこと、首、肩、背中から右腕にかけて痛みと痺れが続き、右腕がほとんど使い物にならない時期がありました。

 初めて体験する痛みだったので、なんと説明したらいいのかわからず、痛い痛いと言っていたら、「五十肩ですか、大変ですね」とか「腰痛ですか」などと、いろんな人からいろんな診断を受けることになってしまいました。

 しかし、労災の判例を読んでいると、「頸肩腕症候群」という業務上疾病の名前が出てきたので調べると、なんと私が長期間悩まされていた症状と全く同じものでした。

 私が患わされていたのは、「頸肩腕症候群」だったのです!

 名前が分かってスッキリしたものの、原因も治療法もあまり明確ではないらしく、やはり、老化を凌駕する程の運動が必要なのではないか、と思っています。

 頸肩腕症候群は、「パソコンを長時間使う、仕分け作業、保母さんや介護職の人など、上肢(肩関節から指先)を酷使する仕事や、静的状況で目と腕だけ使う職業などに就く人に多い」とのことで、仕事の業務内容が原因で発症したとして労働災害と認定されることも多いでしょう。

 この症状を持ったまま仕事に従事することは、かなり困難でしょうし、長引くことも十分考えられます。

 そんな時、会社は労働基準法81条の打切補償を支払うことで、この労働者を解雇することはできるのでしょうか。

打切補償による解雇

 労働基準法は、まず、業務上の負傷による療養のために休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならないとしています(労働基準法19条1項本文)。

 したがって、原則として、頸肩腕症候群が業務上の負傷と言えれば、会社はその従業員が療養のために休業している期間と、治癒して30日間は解雇することができません。

 どれだけ療養期間が長くても、です。

 他方で、会社が打切補償を支払った時は、解雇することができます(労働基準法19条1項但書)。

 打切補償というのは、労働基準法75条の補償を受けている労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合に、会社が平均賃金の1200日分の“打切補償”を行えば、その後の補償をしなくていい、という制度です(労働基準法81条)。
 いつまでもいつまでも補償を続けなければならないのは、使用者にとっては大きな負担になるからです。

 そして、この打切補償は、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかった場合に、使用者が、その費用で必要な療養を行い又は必要な療養の費用を負担している時に支払うことができます(労働基準法75条、81条)。

労災保険を受給中は?

 業務上の災害に対しては、労災保険金が支払われます。

 その場合、会社は、従業員に対して療養費を支払わなくてよくなります(ただし、安全配慮義務違反等の義務違反がある時には、別途会社が損害賠償の責任を負うことはありますし、会社が独自に法定外補償の制度を置いている場合には、労災保険に上乗せして補償金が支払われることがあります)。

 では、従業員が会社から直接は療養費の支払いを受けず、労災保険金の支払いだけを受けている場合でも、会社は打切補償を支払うことによってその従業員を解雇することができるのでしょうか。

 この問題について、最高裁判所は、労災受給中の労働者も打切補償の支払いにより解雇できると判断しました(最高裁判所平成27年6月8日第二小法廷判決)。

 最高裁判所は、労災保険は、災害補償に代わる保険給付を行う制度なので、労働者災害補償保険法13条の療養補償給付の給付は、会社からの療養費の支払いと同じと見ることができ、したがって、打切補償を支払えば、労働基準法19条1項但書の解雇制限の解除を適用することができる、としました。

 問題となったケースでは、原告は、平成15年4月以降、頸肩腕症候群で欠勤を繰り返し、平成18年1月から長期欠勤していました。
 平成19年11月、業務上の疾病であるとして療養補償給付・休業補償給付支給の決定が出ました。
 平成21年1月で欠勤期間が3年を経過しましたが、復職できる状態ではなかったので、会社は、以後2年間原告を休職としました。
 平成23年1月に、2年間の休職期間も終了しましたが、復帰の目処が立たなかったため、会社は平均賃金の1200日分相当額である1629万3996円と、法定外補償金として1896万0506円を支払って原告を解雇しました。

 療養期間が相当長期に及んでいたことや、法定外補償金の支払いもされて原告に対する補償がある程度十分行われたことなどが、このような判断を下す際の考慮要素となったのではないかと考えられます。

 この最高裁判所の判断に対しては依然として反対する説もあるようですし、療養期間が3年しか経過していない場合や法定外補償金の支払いがない場合にも同じ判断となるのかは分かりませんが、実務上は“労災保険給付と使用者による災害補償は実質的に同じ”として扱われることになると思われます。

 

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