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うつ病は誰のせい?

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 最近、無理心中が増えているという記事を読みました。

 先行きが見えない中で、仕事や将来に対する不安が限界に来ているのかもしれません。

 ただ、職場でのうつ病は、コロナ前からありました。

 仕事が理由でうつ病を発症し、最悪の事態に陥ってしまうこともありますし、人生が台無しになってしまうこともあります。

 では、仕事が理由で発症したうつ病は、100%使用者の責任なのでしょうか。

使用者の義務

 使用者は、労働契約を締結した労働者の安全を配慮する義務、つまり、労働者の生命・身体等を危険から保護するよう配慮する義務を負っています。

 電通事件(最高裁判所第二小法廷平成12年3月24日判決)では、使用者は「雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を負うことが示されました。

 この義務に違反して労働者に損害が生じたときは、使用者は、債務不履行違反(民法415条)や不法行為(民法709条、715条)を理由に労働者からその損害の賠償を求められることがあります。

 使用者の安全配慮義務違反で労働者が亡くなっている場合には、遺族固有の慰謝料(民法711条)を請求するため、不法行為を理由とする損害賠償請求がなされることが一般的です。

精神疾患・障害発症における過失相殺

 うつ病発症について、労働者に過失があるのはどのような場合でしょうか。

 裁判で問題となったケースには、従業員が自己の通院歴や病名を申告していなかったため、使用者が当該従業員の心身の健康に配慮することができなかったことについて、従業員に過失があるかどうかが争われたものがあります。

 最高裁判所は、精神的健康に関する情報は労働者のプライバシーに関するものであって積極的な申告が期待できないものであるため、使用者は、労働者が申告をしないことを前提にして労働者の心身の健康に配慮する必要があるとして、労働者が使用者に精神的健康に関する情報を提供しなかったとしても過失相殺をすることはできない、としました(最高裁判所第二小法廷平成26年3月24日判決)。

 他方で、 「原告の日常的な睡眠不足については、残業時間の多さという点だけではなく、上記したような天体写真の撮影を含めた生活状況にも原因があったと考えられるところ、以上の事実を踏まえると、原告のうつ病の発症及び発症後長期間経過したにもかかわらず治癒するに至っていないことに関しては、原告自身の生活態度・業務態度が一定の範囲で寄与していた」として過失相殺を認めた裁判例(大阪地方裁判所平成22年9月15日判決)や、管理職であるのに部下に適切に仕事を割り振らなかったという勤務に対する姿勢やメンタルヘルスに対する認識の低さを理由に過失相殺を認めた裁判例(福岡高等裁判所平成28年11月10日判決)があります。

 また、うつ病によって自殺した従業員の遺族である両親について、主治医と連携してうつ病悪化を食い止める配慮義務があったとして過失相殺を認めた裁判例もあります(東京高等裁判所平成29年10月26日判決)。

素因減額

 傷つき易い性格であるとか、うつ病にかかったことがあるとかいう場合はどうでしょうか。

 これらの場合は、「過失」ではなく、被害者がもともと持っている素質が原因となって損害が発生しているものですから、損害の公平な分担という意味で損害額を減額すべきかもしれません。

 しかし、傷つき易いかどうかなんて人それぞれですから、その傷つき易さが個性として通常想定される範囲内であれば、それを理由に減額することは許されない、というのが判例です(電通事件)。

 他方で、うつ病に罹ったことがある場合には、それを考慮に入れて減額する裁判例はあります。

使用者の責任

 過失相殺や素因減額が認められるケースがあるのは否定できません。

 しかし、業務が原因でうつ病を発症している従業員が目の前にいる時には、まず、その救済を第一に考えることが大切です。

 そうすることで、被害者の被害感情が収まり、新たに傷つくことも避けられます。

 使用者側の無意識の言動で、事態が悪化してしまうことのないよう、十分注意しましょう。


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