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もしもパリにカフェが存在しなかったら 〜その3


カフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌ
↟上の写真は当時のカフェの様子↟


今までにパリのカフェ・シリーズを2編ほど書いた。

その1は主にエドゥアール・マネと印象派達が主役で<バティニョール派>について。現在のクリッシー広場付近の今は亡きカフェ・ゲルボワがアーティスト達の主な溜まり場であった。

その2では藤田嗣治画伯にお手伝いいただいて<エコール・ド・パリ>の紹介。モンパルナス付近での画家達と複数のカフェの関係について。

今回の第3話登場のカフェは上の2つのカフェ話に比べて知名度は低いと思うが、知っておいて損はないであろうと思われるパリの顔のうちの一つである。そしてどんどん開けて行く<ヌーヴェル・アテーヌ>界隈に以前あった、<カフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌ>のミニ・ストーリーを紹介させていただこう。

出来ればこの記事を読む前にその1にサッと目を通していただけると全体がわかりやすくなる。バティニョール派がしばしば集って話し合いをした、今はなきカフェ・ゲルボワを想像してみて欲しい。マネやドガなどは1860年代後半から1870年前半にかけてはこのカフェに集まっていた。

エドガー・ドガ
<ラブサント>(或いは<ダン・ザン・カフェ>
1875-1876年
オルセー美術館


ところがこの絵は以前のnoteでの記事、<やってられない女達>で既に登場させているのであるが、覚えているであろうか。
その時は左に座ってつまらなそうにしている女優のエレン・アンドレが主役であったが、今回はその横に座っている男性、マルセラン・デブタン(画家であり版画家でもある)が中心人物なのである。

デブタンは最初カフェ・ゲルボワの会に参加していたのだが、1873年半ば頃から行きつけをカフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌに変えた。そうすると皆がこの場所にたまり場を移したそうなのだ。そう、この絵の舞台はカフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌなのだ。
場所も近いことから、マネやドガやアンリ=ファンタン・ラトゥール、ルノワール、さらには音楽家達までこちらに来るようになったそうである。
という事はデブタンはかなり影響力の強い人物ということになる。そうは見えないが…。

ただ、ドガが敢えてここでデブタンをエレンの横に描いたのはやはり彼に何かしらの重要性があったのであろう。
確かに、ドガとはデブタンがモンマルトルに住むようになってからかなり親しくなったそうではあるが。

マルセラン・デブタン
<エドガー・ドガのポートレート>
1900年頃
トリアノン歴史美術館、ヴェルサイユ


少し難しい表情で、特にポーズをとっている様子もない自然体のドガ。デブタンはこの他にも数点ドガを描いている。こういったところから二人の親しさが滲み出てくる。

エドゥアール・マネ
<マルセラン・デブタンのポートレート>
1875年
サンパウロ美術館、ブラジル


また、デブタンはマネやその他の画家達のモデルも引き受けている。画家が画家を描くという観点が面白いのであるが、これはこの時代の仲間同士の交流がいかにアートに深い影響を与えているかの証明になりそうである。

さらに、モデルといえばベルト・モリゾも数多くの仲間達のモデル役をたくさん引き受けている。マネのモデルとして知られているが、デブタンも彼女を描いている。また、特にデブタンが版画でモリゾをモデルにしているのも興味深いところ。


およそ1876年頃にデブタンはドライポイントという、硬いニードルなどで版に直接描画して作品を仕上げるというテクニックでこの作品を作成している。

この様な作品はデブタンならではだろう。画家として、また版画家として、さらに作家としても多才な活躍ぶりをみせたデブタン。スタイル的にはマネの影響を多く受けたアーティストといわれたが、自ら1895年にレジオンドヌール勲章を受けた人物でもある。

こうしたパリでのアーティストと芸術、そして常にカフェで創作活動が展開していくあたりは目が話せない。デブタンの才能は当然の事、仲間同士の繋がりがこの時代のアートに成果をもたらせたのはまさに素晴らしい事である。

その後、<カフェ・ド・ラ・ヌーヴェル・アテーヌ>はレストランになったりして目まぐるしく移り変わり、現在では<BIO c' Bon>というbio製品を扱う店となった。もうアーティスト達の思い出に浸ることは出来なくなったが、場所はとても良い所なので絶えず賑わっている。

すぐ近くがメトロ12号線ピガール駅だしバスも頻繁に通るので、直接来てから界隈のロマン主義美術館やギュスターヴ・モロー美術館に立ち寄ったり、また、モンマルトルの丘散策の帰りに寄ってもいいと思う。

洒落た建築や彫刻を見ながら普通あまり観光では来ないところの開発というのも良いのではないか。

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