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「1万時間費やした」と自信を持ってる言えることは何?

言葉の力はすごいなぁ。

と感じることが最近よくある。ものは言いようというヤツ。言い方次第でどんなマイナスな状況も、ポジティブに捉えられるようになる。



小さな頃から私は「興味関心が散らかりまくって、色んなコトしてるけどだぁ、結局私って何がしたいの?」と悩み続けていた。

ジョーン・バエズみたいになりたいと思ってアコギを買う
→結局Fコードの壁を超えられず、挫折

B−ガールがかわいい!と思いHITOE'S 57 MOVEみたいな格好をする
→濃いメイクをするのがめんどくさくて挫折

平成のアラーキーになろうと思い、ミノルタの銀塩カメラを買う
→暗室での現像作業が面倒でやめる


とまぁまぁあげていくとキリがない。百個以上はあるんじゃないだろうか、何者かになりたくて手を出しでやめていったアレコレ。死屍累累の諦め。全て極めようと思って始めるんだけど、どうも続かない。



よくひとつの道を極めるには1万時間の修練が必要だと聞く。私は好奇心のおもむくままに手を出して、放り出す事を繰り返しているので、まだ1万時間の時間を費やしたものは何もない。

あぁ、何者にもなれなかった…私、これからどうしていけばいいの?



と思っていたんだけど…

ふと、思う。何者かになりたくて「手を出した」時間は1万時間を超えているのではないか。そう思って調べてみた。

まず何かを始めると、短い期間は熱狂する。だから1日2時間を新しい挑戦に費やしたと仮定しよう。10000時間÷2時間÷24時間で割ってみる。すると208日という数字がはじき出された。

日付で換算すると6ヶ月と28日。うん、余裕で半年以上の時間は何かに手を出している。


ということは…

私は「好奇心旺盛で、いろんなことに挑戦して何者になりたくて迷走している」プロと言える。

迷走のプロ。なんかいいじゃん。この響き、極めてる感ある!


ちなみに

1万時間は日にちで換算すると1年1ヶ月21日16時間

私たちはみんな「生きる」プロなんだよ。えらい。みんな本当にえらい。


Twitterでも偏愛と思いつきをつぶやいています。


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