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心から幸せを祈りたい、夜

土曜日のハノイの夜。

なんだか泣きそうになって。いやもう泣いてるなこれは。



ジメジメとした東南アジア特有の天気。昼間は私の肌にまとわりつくものが、湿気なのか私の汗なのか、わからないほど蒸し暑い。

いつも通りの週末。私はハノイの端っこからバイクタクシーに乗って40分かけて、ハノイの一番ににぎやかなエリアに行く。誰も何も聞いていないのに、ハノイ新参者の私は誰かに紹介するためのスポット探して歩く。

かわいいカフェで一息ついたり。あ、今日はベトナム人デザイナーの洋服店で、爽やかな水色のストライプのワンピースを買ったりして。


一人でハノイにきて暮らして、一人で街に出て。もともと団体でひとまとめに動くこと、誰かに私のマイペースを付き合わせることが苦手なので、お出かけも旅もいつも一人。

ベトナムの若者、家族連れと白人の観光客たち。そんな楽しそうに会話を交わす人たちの中、ぶつからないように一人でカメラを脇にぶら下げて、とことこ街を歩いていく。



帰りもまたバイクタクシーのお兄さんを捕まえて、ヘルメットを受け取りバイクにまたがる。お兄さんは大通りを頼んでもいないのに、ものすごいスピードで走っていく。振り落とされないように、必死にしがみつく。

そのお兄さんの後ろから、道路の脇で暮らす人たちを見る。ピカピカと光る看板が、流れるように私の視界に入ってくる。バイクのバックミラーを見ると、みんなまぬけな顔でバイクにまたがっている姿が見える。



家に帰ると、大家さんと知らないべトナム人の男性2人が私の部屋に入ってきた。大家さんに以前「シャワーのお湯が5分くらい経つと、ぬるくなるんだよね」と言っていて、大家さんがシャワーを修理するために友達を引き連れてきたのだ。

部屋の浴室の天井をぱかっと開けて、あれやこれやと調べてもらう。結局、熱いお湯は浴びているとぬるくなるもんだから(タンクの問題か何かで)、すばやくシャワーを浴びてくれと言われた。解決はしなかった。


3人を見送る。外に出てみると風が気持ちいい。そうだ、洗濯をしよう。普段は1日中湿気が多く、いつも洗濯物は1日じゃ乾かない。1日外で干して、室内でエアコンのドライをかけて仕上げる。

今日はいい風が吹いている。夜だけど、洗濯をしよう。

私の家の洗濯機は屋上にある。同じビルに住む人みんなで共用している。実は屋上はほこりが地面にたくさん残っていて、あまりきれいじゃない。洗濯槽に衣服を放りこんだら、いつもそそくさと部屋に戻っていた。


乾いた風が吹く今日の夜。誰かが、屋上をきれいに掃除をしていた。デッキブラシで磨いたのだろう、ピカピカに光っていて。

洗濯機を回し始めて、ベトナムの夜空を見上げる。

初めてじゃないだろうか。ここで夜空を見上げたなんて。毎日、住み着くために必死で。空をぼーっと見上げるなんて、忘れていたんだね。


遠くから、野外でカラオケをしているらしい。おじさんが演歌のようなバラード曲を熱唱するのが聞こえる。屋上から下を見下ろすと、若い男の子がバイクに乗り、ゆっくり走っていく。


そうだ、今日は土曜日の夜。金曜日の夜の浮き足だつ雰囲気はないけれど、なんていうかすごく、ぐにゃっと夜がゆるんでいた。何もしなくてもいいし、何をしてもいい。土曜日の夜。


空を見上げている私の下で、ゆっくりと家を横切るバイク、おじさんの歌声、乾いた風。そんな今日の夜を作り上げたものが、一気に私の肺に入ってきた。

胸がぎゅっと苦しくなった。


それでね、冗談でもなんでもなく本気で、ここに住む人たち。私の目から見える範囲にいる人、耳に聞こえてくる話し声の主、みんなみんながずっと幸せでありますようにと、心から祈った。

どうか、この土曜日の夜が永遠に続きますように。


そんなことを思って、ぐぅっと背伸びをした。この夜を吸い込んで、ふうっと吐き出して。


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