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「ジャムを煮る」というハードル。

気がつけば、苺の旬が終わろうとしている。苺の値段がグンと下がっている。スーパーに行く回数を減らす努力をしている。というわけで、苺をいつもより多めに買って帰ってくる。

平松洋子さんの台所をめぐるエッセイを詰め込んだ『真夜中にジャムを煮る』。果物の食べごろを見極める作業に慎重になり、一喜一憂する“あるある感”。そして、「食べ頃をすぎた果物はジャムにすればいい」という考えに行き着く。静まり返った真夜中にジャムを煮る幸福。できたてのジャムの甘い香り……

そういえば、母も「いたむ、いたむ」と、よくジャムを作っていた。私の田舎では季節になると農家の方から果物が山ほどいただける。とても食べきれない。母はジャムをせっせとつくっては、それを配っていた。ジャムづくりは、つまりは生活の知恵だ。

小説で言うと、江國香織さんが浮かぶ。主人公が「果物は傷んだり腐ったりする。ジャムにすれば、保存できるし、味も香りも濃くなり、色も濃くなってキレイ」と、やたらとジャムをつくってはいたのは『がらくた』だったと思う。とにかく江國作品には何かをくたくたに煮込むシーンがよく出てくる気がする。その描写が江國さんの骨頂だ、とひとりごちたこともある。

おそらく私は江國作品に触れて以来、「ジャムを煮る」という行為はやたらと文学的で、情緒的で、なんだか主人公的な行為だと思ってしまっている。「自分がジャムを煮る」と想像すると、なぜか照れてしまう。

というようなことを友人に話したことがある。友人は「考え過ぎだよ」とも言ったし、「私は夜中にジャムを煮たことはないけど、パンをよく焼いていた」とも。失恋した時に、ただ気を紛らわせるために一心不乱にできる作業を捜し、パン生地を捏ねるという作業に行き着いたのだという。しばらくすると、「もっと美味しくパンを焼くという思考に変わって助かったし」と笑っていたっけ。

ただひたすら、かきまぜながら煮る。ただひたすら、パン生地を捏ねる。そのセラピー効果はよく分かる。

「食とデザインとアートの何か」をテーマに活動しているという西村さんのレシピは驚くほど簡単。いつも記事が更新されるのを楽しみにしている。そこで紹介されている、ただ蜂蜜に苺を漬けておくだけの『苺の蜂蜜漬け』レシピ。

熟れすぎてピークを折り返していた苺が5.6粒。ジャムにする手間をかけるほどの量ではないので、とりいそぎ蜂蜜に浸してみる。あとは、冷蔵庫で放っておくだけ。

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「煮る」という崇高な行程を割愛しているのでジャムづくりの醍醐味はガッツリそがれているが、そのできあがりの佇まいはかなりのジャム感。使い勝手もほぼジャム。

時間もあることだし、旬のフルーツがどんどん出てくる季節だし。この勢いで次は「ジャムを煮る」にも挑戦できるような気がしたが、透き通った瓶を通して見る苺に、やっぱり照れてしまう。

初めて口紅を塗る勇気がもてず、まず色付きのリップクリームを塗ってみる。私のジャムづくりの道は、今はまだそんな踊り場にいる感じかもしれない。

そんな自分がいちばんこそばゆい。

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