見出し画像

世界は優しかった

大きな決断のあとに襲ってくるのは、恐れと不安と震えと後悔。

「どうして、やるなんて言っちゃったんだろう」



松村亜里先生の幸せチャンネルに出演することになった。

ストリームヤード配信なんて・・・
LINE公式開設なんて・・・

無理無理無理無理。

無意識に、自分に不利な状況かどうかを考えていた。
そうなったときの言い訳を考えるのが得意だ。

聞いてたのと違う、案内が全然来ない、誰に何を聞いていいのかわからない・・・。


そう、独り言のように文句を言い始めたとき
「ちょっと待て」と気が付く。

瞬間的に、自分の中の陰と陽がパワーバランスを変える。

手を挙げた時、その瞬間はポジティブな気持ちに溢れていたんだ。
そうそう、あのときの気持ちを思い出して。

「いまならできるかもしれない」



今まで、この状況で見送ることを何度もしてきた。

〇〇やってみませんか? 発表してみませんか? そういう募集の投稿に、反応もせず、ちょっとモヤっとしながら読み飛ばしてきたことが何度あったことか。

ここに呼ばれていいのは私じゃない・・・

何度も、繰り返してきた自分の思考のくせに気づく。

そう、決めつけていたのは、自分自身だった。


また同じことを繰り返すのか?


なにもやらないほうが、楽だ。
不安とか恐れなんて、感じずに済むならそのほうが良い。
だいたい、手を挙げた時のポジティブな感情は周りの影響であって、自分の中から本当に出てきたものなの?

また疑心暗鬼さんが顔を出す。


いやいや、そう思っていた自分が、「やってみよう」と思えた。

これが学んできたことは裏切らないという証拠じゃないか。



心の中は忙しい。


「仲間がいるよ」


根拠のない自信とかいうけれど、本当は根拠の有無じゃなくて応援してくれる仲間がいるかどうか、だ。


ないもの
を数えるよりも、ずっとずっと意識してあるものを数える。
できなかったことを100個数えるより、できたことたった一つを大事にする。



「わからないから教えてください」

よし、言えた。


「不安だから一緒に練習しましょう」

よし、言えた。

必要な支援を求めることは別に恥ずかしいことじゃない。


ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。


あとはやるって決めるだけ。



本番直前。


直前にみたものは、スラムダンクの25巻。(試合じゃないけど笑)
山王戦の直前のゴリと安西先生のシーン。
「悪いが皆さんの期待通りにはならん・・・・・」ってところ!!!笑

試合前の恐怖心は誰にでもあるもの
それから逃げずに受け止め
そして乗り越えた時に初めて理想の精神状態にたどりつける
漫画スラムダンク25巻 116ページ


そして、これを聞きながら。



(最近見たものに影響されやすいタイプ。笑)





何と戦いにいくの??? って感じだけど、これくらい奮い立たせないと、立っていられなかった。(座ってたけど)


手が震えて、声が震えて、涙が出てきて。
でも後悔はもうなくて、あとは伝わるかが心配で。
そして、顔は平静を装う。


心臓バクバクでも…めいっぱい平気なフリをする
『THE FIRST SLAM DUNK』宮城リョータ



怖さを認めた先に見えた世界


「ありのままでね」
「そのままで十分素敵だよ」
「自己一致だよ、そのままで」

本番前までに仲間がかけてくれた言葉の意味がやっとわかる。
この言葉さえも、受け取れてなかった小心者だった。

泣いちゃいけないと思ってた。
堂々としていないといけないと思っていた。

平気なふりをするのが大事なんじゃなくて、心臓バクバクを認められるかが大事なんだ。


あぁ、こわい。
あぁ、こわい。
あぁ、こわい。

そう、こわいと思ってるんだよね、自分。



「やってみてどう?」


マイコーチから、よくこういう質問を受けた気がする。
そのとき、言語化するのが気持ちがいい。
コーチになったんだ。自分で自分に聞いてみてもいい。

いま、改めて感じるのは、

幸せチャンネルの中は幸せの結界が張られていた。


恐れることなんてなかったんだ。
見に来たい人しか見に来ない。
批判する人なんて、わざわざ批判的なコメントを残すようなコミュニティじゃないことくらいわかっていたはずだ。

温かい空間だった。


自分自身と戦っていた。
戦った先に、安心安全な世界が広がっていた。

「自分と人、とかさ。キラキラした人と私とかさ。基本的にひとりひとりの間に隔たりがあったよね。」

と亜里先生。

取り繕っていても、平気なふりをしていても、わかるものは、わかる。
できているふりをしても、非言語で与えていた情報はそういうことだ。

自分で結界を張っている間は、幸せの結界には溶け込めなかった。



「いまね、つながってるんだよね。壁がなくなって。」

本当にそう。ずいぶん、変わったんだなぁ。
そして、このいろんな感情のジェットコースターを感じることができたということも生きている証。


目を閉じて、深呼吸して、感じる。

ネガティブな感情も、怖さも、不安も、ジャッジなく感じつくすことが生きてるってことなのかなぁ。

感じつくしたからこその達成感。

もちろん今のほうが楽だけど、自分の結界を張っていたときの自分もきっと、なにかを必死で守っていて、そのこと自体はジャッジしなくていい。

これが、どんな自分もOKっていう領域か・・・



隔たりを作っていたのは、自分だったと気づいた今、なにができる?


ちょっとわかる気がする。
潜在的な存在に。



きっと、今日の私を見て静かにモヤモヤした人がいたはずだ。


私ならわかる。

きっとその先に願いがあるはず。


あなたの思考をコントロールすることはできないけれど、同じように怖さや苦しさやモヤモヤを感じている人に伝えていきたい。

世界は優しかったよ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?