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イチゴ舞う校庭で

目次

舞うイチゴ僕らのえがお連れてきた

 うわ、懐かし。これ、小学校のときのだ。この前、母さんと掘り出した本をパラパラとめくっていると、小学校のとき作ったイチゴジャムのことが書いてある。この頃、俳句の授業もあったからか、もう俳句詠んでる、俺。「舞」と「僕」が画数多くて不恰好になってるな。

 小学校五年生のとき、イチゴをみんなで育てていた。五、六年はクラス替えがないうえ、どうも先生も持ち上がりらしいから、初夏になったらみんなで収穫して食べましょうね、と当時の担任の青山先生は言った。イチゴは結構繊細で、虫や動物にも食べられやすい。クラスのみんなで交代交代に水やりをして、草むしりをして、落ち葉が積み重なった腐葉土を継ぎ足した。俺はすみれの水やりをするときに、イチゴも毎日見に行っていた。冬の寒さを越えられるんだろうか。心配は杞憂に終わり、春になるとミツバチがぶんぶんイチゴに寄ってきて、白い小さな花をつけた。今ならわかる、青山先生が、俺らが知らないところで手入れしてくれてたんだろうってことが。
 そして、六年生に進級し、初夏。収穫したイチゴをみんなで籠に摘んで家庭科室に外のドアから運んでいたとき、ぶつかった拍子に籠いっぱいのイチゴが宙を舞う。青空に、赤いイチゴと緑のヘタが映えて、スローモーションのように見えた。しかし、自分の動きも止まっていて、籠や手を広げるのも間に合わないまま、イチゴは地面に無惨にも落ちてしまった。ドアの窓ガラスに映った俺は、まるで熟していなくてまだ摘んじゃだめよと先生に言われたあのイチゴみたいな顔色をしていたと思う。どうしよう…… 途方に暮れ、涙が滲みそうになったそのとき、後ろでやさしい凛とした声が響いた。
「そうだ! 水で洗って冷やして食べようと思っていましたが、せっかくなので昼休みが終わったらスイーツを作りましょう!」
 青山先生の呼びかけに、その後ろからわーっ! と歓声が上がる。ジャムにしよう! イチゴミルクもいいね! と同級生たちの目がキラキラしている。
「さあさあ、運び込んだら手を洗って、昼休みの前にイチゴも洗って冷蔵庫に入れますよ~。赤木くん、つまみ食いしちゃだめよ!」
 げっ! という赤木くんの声が聞こえて、どっと笑いが起こる。
「藤ノ木くん、怪我はない?」
「大丈夫です」
「よかった。立てる?」
「はい、自分で立ち上がれます。その前に、イチゴを拾わないと」
「先生、籠を預かるね」
 先生に籠を預け、イチゴを拾う。
「私も手伝う」
 きらりもイチゴを拾ってくれて、籠はまたイチゴで満たされた。
「大丈夫! 洗ったらちゃんと食べられるよ。ちょっとつぶれてるのも、ジャムにすればおいしいわよ」
 にこっと笑う先生につられて、俺もようやく笑えたんだ。

 それから先生は、多分、昼休みの間に、教頭先生、図書館の先生、パソコンルーム管理の先生に根回ししてくれたんだと思う。そして、先生自ら調べて、最低限の材料も買いそろえてくれていた。給食のおばちゃんから、余った当日の牛乳とかを分けてもらったりもしたみたい。
 五時間目が始まると、まず自分たちで図書館やパソコンルームで、子どもでも作れるスイーツのレシピを班に分かれて調べることになった。イチゴの花壇の手入れも班が決まっていたから、その班ごとに活動した。危なくないもの、一時間以内にできるもの、オーブンを使わないもの、家庭科室に先生が用意している材料でできるものが条件だ。先生に相談してよかったから、青山先生にはもちろん、図書館の先生やパソコン管理の先生にもみんな相談しに行っていた。
 六時間目になると、いよいよスイーツ作り。俺たちの班は、イチゴジャムとホットケーキ。俺は赤木くんとイチゴジャム担当になり、イチゴのヘタをとり、鍋に砂糖とイチゴを入れ、コトコト煮て、トロッとしてきたらレモン汁を加えて完成。きらりと白石さんは、ホットケーキをお皿に乗せていた。
「藤ノ木くん、味見していい?」
「ちょっとだけなら、いいんじゃないかな?」
「やった、じゃ、このスプーン一杯」
「いいよ」
 赤木くんが、スプーンですくってペロッとなめる。
「うま」
「赤木くん! またつまみ食いして」
「いや、これは味見な。砂糖足したほうがいいかの確認だよ。な、藤ノ木くん」
「うん」
「そういうことにしとこ」
「きらりちゃんやさしー」
「舞ちゃんもやさしいよ」
 きらりも楽しそうでよかったと思った。赤木くん、早く食べたそうだったなぁ。
「さて、みなさん、できましたか?」
「「はーい」」
「じゃあ、せっかくのお天気だし、外で食べましょうか!」
「「やったー!」」
 青空の下、校庭でみんなで分け合ったイチゴスイーツ、おいしかったなぁ。俺たちの作ったジャムは、ちょっと煮詰まって甘すぎて、でもトロッとしてとびきりおいしかった。ホットケーキが甘さ控えめで相性抜群だったなぁ。あっという間になくなって、みんな、とびきりの笑顔で食べてたんだ。青山先生のおかげで、俺も救われて、みんないい思い出ができた。

「葵、何見てるの?」
「あ、いや」
「うわ、懐かし、これ小学校のときのイチゴ摘みのことでしょ」
「ちょっと、勝手に読むなよ」
「いいじゃん、そんな小さいときからまめに書いてたんだね、さすが元文芸部副部長」
「部長に言われたくないよ」
「今度ね、舞ちゃんも来てくれるって、結婚式」
「仲良かったもんな」
「あのときがきっかけかも。私、友だち付き合い苦手だったけど、舞ちゃん、積極的に話しかけてくれて、本当に良い子で、気が合ったんだよね」
「たしかに、波長が合ってる感じがした」
「でしょ? あのとき舞ちゃん、赤木くんのこと気になってたらしいよ」
「そうだったんだ」
「ま、結局意外と奥手で言えなかったみたいだけど」
「意外」
「ピュアでかわいいんだよ、舞ちゃん」
「そうか」
「それとね、青山先生、お子さん無事生まれたって!」
「よかったなぁ」
「ね~。舞ちゃん情報」
「白石さんすごいな」
 最近、結婚式の準備に追われていた。探し物をしていたときにたまたま出てきた、この葵色の本。束の間ふたりで和やかに語らう時間をくれた、父さんと母さんからのこの贈り物は、これからもずっと、俺の宝物。

🍓

小牧幸助さん、今週も素敵なお題をいただきありがとうございます!
イチゴ、イチゴジャムの写真や校庭っぽい写真は、残念ながらありませんでした。
今週は予定が目白押しで間に合わないかと思いましたが、なんとか書き上げられました。
この後予定があるので、深夜にまだ読めていないみなさんの今週の作品を少しだけ読みに行けたら、と思っております。
今回も、葵と茜と藍の物語の続きです。どちらかというと、前々作の続きな感じもしますが、前作はこちら。

前々作は、冒頭の目次から読んでいただけましたら幸いです。
読者のみなさま、今週も読みに来てくださってありがとうございます!
それではまた。来週がみなさんにとってよい一週間になりますように。

#シロクマ文芸部


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