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#67 醜い自分と役立てそうな自分を見つける場所

先日友人に言ってもらった一言がとってもしっくりと自分の内側に存在しているこの頃、
「自己否定は終わりました..人の喜ぶことに自分を役立てていいよ..」と。

第1幕が親の庇護のもと、たくさんの課題やトンネルを見つけ自分の進みたい方角を歩き始めたとすると

第2幕は、憧れだった舞台(=田舎暮らし)でようやく始まった自分の人生

怒涛の様にいろんな出来事が起こり、
見たことのない、想像もしえなかった自分という景色や視界を見て
自分の醜いところ、夫や子供にも今でも見られたくない様な、、
知らないとか気付かぬふりをしていて欲しい様なところ。

他方で、私のこれって良い道具〜〜!
とびきりの宝物持ってるんだなぁとか、
この湧いてくる泉って誰もが持ってるものなんじゃないんだなぁとか
もしかして役に立てれるのかもなぁと
可能性や光が見え隠れするところ。

そんな存在の自分という生き物をやっと見つけた。


田舎暮らしだから見つけれたというのではなくて
自分が呼吸できる空間がここで見つけれたから、
呼吸している自分が居心地良かったから


少しずつ揺り動かされ

自分という魂を見つけることができたんだと思う。

そして、無条件に私を愛してくれる子供達に恵まれて
かたまっていて見つけられなかった温かさと素直な気持ちが
芽を出して根をはれたのがこの場所だったということ。

さてと、これからは少しずつ第3幕のプロローグが始まり
オーケストラの音楽が遠くで流れているような
そんな感じ。

今度は手を携えて夫と2人で始まる第3幕
自分の宝物とお役立ち道具を配り歩く挑戦と
次の世代に向けてのメッセージ、湧き出る泉を最後の雫一滴まで注ぎ切りたい
その注ぎ方を創造してゆく。

振り返った後でしか総括できないけれど、
「立つ鳥跡を濁さず」
豊かさと優しさ温かさの循環の渦でこの地球を包んで今生を去りたい
そう思う。

何をしよっかなぁ〜〜〜



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