見出し画像

「トー横」に集う若者たちの声を聴く

こんにちは。採用Gの田中です。

今回は、居場所のない全国の若者が集まることで知られる新宿歌舞伎町の「トー横」を取材をした元社会部・山田佳代(やまだ・かよ)記者をご紹介します。


歌舞伎町を歩いて


トー横周辺の地図

 山田記者は最近、社会部から若手記者を育成する部署に異動しました。地方支局に赴任する前の新人の準備研修や、すでに赴任した記者たちのスキルを伸ばしてあげる立場です。

 まずは、取材にあたり、私も、山田記者と一緒に歌舞伎町の『トー横』周辺を少し歩いてみました。新宿駅東口側から歌舞伎町に向かうと、まずゴジラの頭がトレードマークの「新宿東宝ビル」が目に入ります。そのままビルに向かって進むと、左手に表れるのが、開業したばかりの超高層複合ビル「東急歌舞伎町タワー」。両ビルに挟まれたエリアに、広場があります。ここが「東宝の横」、通称トー横、というわけです。

「田中さん、このあたりが旧新宿コマ劇場跡地です。噴水があったところですよ。わかりますか?」と、山田記者に言われて、やっと地理感覚が戻ってきました。とはいえ、ほとんど往時の面影はないように思います。

 単に新しいビルができた、というだけでなく、街全体が明るく、綺麗になったような印象を受けます。相変わらず歓楽街ですし、客引きの人もたくさんいるのですが、かつてのような「怖い」雰囲気はあまり感じません。明らかに女性の方が増えましたし、動画を自撮りしながら、ナレーションを吹き込んでいる外国人の方も見かけました。YouTubeなどで動画を配信するのかも知れませんね。訪れたのは平日の夜。子どもや若者たちも少し見かけましたが、終業後の飲み会とおぼしき社会人の方が目立っていました。

 山田記者によると、タワーの建設は、「近寄りがたい」街というイメージの払拭を狙った、再開発計画の一環なのだそうです。それはある程度、成功しているのかも知れないと感じました。


社会部経験が長い山田記者ですが、現在は若手記者の育成を担当中です

若者たちの溜まり場に

 はっきりとした記録はないものの、そんなトー横に、若者たちが集まり始めたのは2020年頃と言われています。

「新型コロナウイルスの流行に一因があると思います。感染が広がる『夜の街』として歌舞伎町が名指しで批判の対象になったことを覚えていますか?客足が遠のいて、まず街が静かになってしまった。すると、大人がいないから、子どもたちが集まって自由に過ごせるようになったんです」(山田記者)

さらに、20年春には、全国の小中高校などが、一時休校となりました。学校が再開しても、学校に行きにくい、行きたくないという子が多く出たと見られています。

「コロナ禍では会社なども休みになっているので、親も自宅にいることが多くなります。虐待されている子は、怖い親が家にいることになるので、自宅に居たくないと。そういう子が、集まってきたと言われています」(山田記者)

 トー横をおとずれた若者は動画共有アプリなどのSNSで投稿するため、居場所として全国に広がっていったようです。

「ぱっとみて、ゴジラの頭が遠くからでもとても目立ちますよね。待ち合わせ場所の目印として、便利だったんだと思います」(山田記者)

 問題は、「居場所のない若者が集まっている」だけにとどまりませんでした。21年には10歳代の男女2人が飛び降り自殺をしたり、警視庁が少年少女30人を一斉補導するなどのニュースが報じられるようになり、ますます注目を集めるエリアとなっていきました。集まった若者が、犯罪に巻き込まれるリスクも高まってきたのです。新宿区は、周辺を見回る警備員を増やすなどの対策も取っていますが、若者が集まることを強制的に止めることはできません。

新宿・歌舞伎町の一角「トー横」に集う若者たち

連載『居場所を探して トー横は今』

 コロナ禍の頃、山田記者は、東京都庁担当として、まさにコロナ対策を取材していました。トー横については、何となく耳にしながらも、しっかりと関心を持ったのは22年秋。新宿区の担当に異動したことがきっかけでした。

「新宿区長の定例会見で、トー横の若者支援の話題が出たんです。そこで、現場を見に行くことにしました」(山田記者)

 都庁は、新宿駅を挟んで歌舞伎町の反対側にあります。都庁担当として、まさに目と鼻の先で仕事をしていたのですが、実態は全くといっていいほどわかりませんでした。実際に行ってみて「こんなことになっているのか」と驚いたそうです。

東京都のコロナ対策は特に、事業をされている人たちにとって、生活に直結する話で、読者の関心は非常に高いものがあると感じていました。一方で、取材する自分は、どうしても行政の動きに注目していたため、足元で何が起きているか、見落としていたなと感じました」(山田記者)

 当時は一日あたり、数十人の若者がトー横を訪れ、中には2か月にわたって、自宅にかえらず、周辺のホテルを転々としている中学生もいました。取材を進めると、1人分の料金で、複数人で泊まる若者たちや、売春をする女性などがいることも分かってきました。

 初めてトー横を訪れる若者は、SNSに「今日初めて行きます。よろしくお願いします」などと書き込みます。その書き込みに反応し、現地で迎える若者たちも現れるなど、ゆるやかに独特のコミュニティが形成されているようでした。

22年4月、山田記者は取材の成果を、都内版で連載『居場所を探して トー横は今』4月5日~7日付朝刊、全3回)として、記事にまとめ、大きな反響を呼びました。

正攻法では取材できない

 その取材はとても大変だったといいます。若者の警戒心は強く、容易に取材には応じてくれないからです。

「正攻法では取材ができないんですよね。例えば、トー横にいる若者に、こちらが声をかけたりすると、そのまま相手が私を動画撮影し始めてしまうんです」(山田記者)

 こうした対応は、自衛手段の一種だとみられます。何か、被害を受けたときのために、自分たちが出会う相手を記録しているのです。話をしようとすると、周囲の若者も集まってくることが多く、単独取材が不可能な状況でした。

 ただ、現場に足しげく通いながらネットをチェックしていくと、徐々に、常連の若者たちのSNSのアカウントが分かるようになります。山田記者は、動画共有サイトに、本人が『今日は、ここに行こうかな』と予告するのを見かけると、先回りして現場に行き、二人だけの時間を少し作って話を聞くなど、少しずつ取材を積み重ねていきました。

 山田記者は以前、警視庁で事件担当をしていたこともあります。事件取材は、時に捜査官と単独で会う時間を何とかつくり、取材を重ねていく大変さがあります。

「取材に応じてくれない警察官は多いですが、取材に応じるけど嘘をつく、という人はいないじゃないですか。ただ、警戒心の強い若者が、たとえ話をしてくれても、本当のことを言っているか分からないわけです。本当に、今までの取材では、経験したことのない苦労がありました」(山田記者)

 本人に話を聞けたあとは、友人や知人にも取材をし、裏付けをつづけていきました。こうした努力のかいあって、連載では自殺願望や売春などの問題を抱える10代の子たち4人の、生々しい証言(紙面上は、いずれも仮名)を紹介しています。

それでも、トー横に来てはいけない


読者会員の方は、読売オンラインから連載をお読みいただけます

 山田記者は、就職活動時の自身のエントリーシートに、「世の中の片隅に追いやられてる人たちを取材したい」と書いた記憶があるそうです。

 取材した若者の中には、時折連絡をくれる子もいます。先日は、先方に誘われるまま、一緒に映画にもいったのだとか。「どうしても連絡が途切れがちになる子が多くて、無事なのかなと心配になりますね」と山田記者は言います。

 ただ、それでも山田記者が取材を通して得た結論は、「居場所を求めて、トー横に来てはいけない」だそうです。

「もちろん、自殺願望のある子がトー横で、仲間を見つけて、命をつないでいる、という面も時にはあると思います。それでも、様々な専門家が共通して言うのは、ここに来ることで犯罪などに巻き込まれるリスクがとても大きい、ということです。月並みですけど、本来、若者がそれぞれいる場所で、居場所がなくなる前にケアをして、周囲の目も行き届くところに、新たな居場所をみつけてあげるべきなんだと思います」(山田記者)

 トー横をはじめとする、「社会の片隅」は、新聞記者を志望する学生さんからも、関心の高い分野です。私たち採用Gも、インターンの場などで、こうした取材に関わりたいという声をよく聞きますし、新聞社が取り組まなければいけない分野だと強く感じています。

 一方で、山田記者の話を聞きながら、根気強いアプローチが大事だと改めて気づかされました。粘り強い報道によって、行政も対策に本腰を入れ始めています。一筋縄ではいかない問題だと思いますが、若者たちを取り巻く環境が少しずつ好転していって欲しいと願わずにはいられませんでした。

参考記事

山田記者が登場し、トー横取材について語ったポッドキャストはこちらです。

読売新聞が若者の自殺防止に取り組んだ連載STOP自殺 ♯しんどい君へ」についてはこちらをご覧ください。

記者の現場#5
(取材・文 田中洋一郎)

※肩書は、執筆当時のものです。