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君は、学校に行かなくたっていい

こんにちは。採用Gの田中です。

今回は、若者の自殺を少しでも減らそうと、読売新聞が外部ニュースサイトとも連携して、2019年夏から、毎年連載しているSTOP自殺 ♯しんどい君へをご紹介したいと思います」


夏休み明けは要注意

「しんどい君へ」は、いじめを受けたり、不登校になったり・・・と、著名人が、苦しかった過去を振り返り、若者たちにエールを送る連載です。登場するのは、芸能界で、華々しく活躍する皆さん。苦しんだ経験をこれまで詳細に語ってこなかった方も多く、この連載によって意外な一面に触れたという方も多かったと思います。

この連載、毎年8月のスタートですが、なぜこの時期に掲載されているか、ご存じでしょうか。それは、若者の自殺が、夏休み明け前後に急増する傾向にあるからなんです。休みを過ごした後に、学校に戻るのは気が重い、という経験は誰しもあることかもしれません。そんな若い人たちにメッセージを送るとともに、その周囲にいる大人たちにも、少し注意してもらいたい。そんな願いが込められた連載です。

1972~2013年の自殺を分析した内閣府の調査によると、18歳以下の自殺者は夏休み明け前後に急増する傾向があります。42年間の累計では、9月1日が最多です

そもそも、この時期に限らず、日本の若者の自殺者は、国際的な水準に照らしても多いとされています。この現状を少しでも変えたいと考えた「教育部」の記者たちが、19年6月頃、取材チームを結成しました。

 教育部は、教育に特化したテーマを扱う部署です。部員は約20人で、文部科学省には、記者が常駐しています。不正入試を巡る報道やわいせつ教員についてのキャンペーンで活躍したことをご存じの方もいるかもしれません。教育関連の取材の経験が長い記者も、多く所属する、専門家集団と言えるでしょう。

紙面だけじゃ届かない、若者に


 19年の連載開始当初から、ライターとして関わってきた上田詔子(うえだ・のりこ)記者です。
        

2001年入社。福島支局、生活部、社会部などを経て、教育部に。人事部で採用を担当していたこともあります。

 新聞が、特定のテーマを扱う時には、様々なアプローチがあり得ます。当事者の声を取材する、解決に向けた取り組みを取り上げる、国や自治体の方針を報じる・・・。「しんどい君へ」で、著名人へのインタビューという形を選んだ理由は何でしょう?

「とにかく今、苦しんでいる十代の子たちに、直接記事を読んでもらうことを優先したいと考えました。若い人たちが、この人の言うことなら読んでみようかな、と思える人たち。彼らに自分の言葉で、自らの体験を語りかけてもらおうと」(上田記者)

例えば行政や学校側の「いじめ対策」の検証も大事ですし、もちろん読売も報じてはいるのですが、そうした記事では十代の人たちの心に訴えることは難しい、ということですね。

もう一つ、上田さんたちが、こだわったことがあります。

「やっぱり、新聞離れが進む中、新聞紙面だけに記事が載るのでは、伝えたいメッセージが中高生らに届きにくいと思いました。そこで、担当デスクと一緒に、大手のプラットフォームであるYahoo!やLINEに企画を持ち込みました」(上田記者)

 こうして、若い人の目にも触れやすい外部のサイトにも掲載していくことになりました。それも、単に紙面の記事を転載するのではなく、読売オンラインや外部サイトに掲載される記事の分量の方が長いのです。紙面上のスペースには限りがありますが、ネット媒体は分量にあまり制限がなく、内容に関心を持ってもらえれば、長尺の原稿でも多くの人に読まれるという特徴があります。もちろん、こうした取り組みは、読売新聞にもメリットがあります。外部サイトから、読売新聞オンラインに読者が還ってくる仕組みになっているからです。さらに、Yahoo!やLINEに掲載することにより、普段は新聞を読んでいない若い人たちにも、アピールができるのです。

人選のヒントは子どもとの会話に


 上田記者には二人のお子さんがいるそうです。「ジェネレーション・ギャップもあるので、若い子たちに誰が人気なのか、企画段階で子どもたちとブレインストーミングしています」と言います。これまで辛い思いをしていたかどうか、本人たちのテレビでの何気ない発言、雑誌のインタビュー記事などを調べ、取材を依頼します。断片的に語っただけの人も多いため、実際にお会いして、話を伺うまでは、詳細なエピソードを取材する側も把握していないことが良くあるのだそうです。

 話すことで辛かったことを想い出す。そのことで、また相手を傷つけてしまう、というリスクがありますから、取材や執筆には、とても気を使うテーマでもあります。

「記事が出ることで、その人の芸能人としてのイメージを変えてしまう、ということもあります。一方で、率直に語ってくれるからこそ、若者にメッセージが伝わる、という面もあります。インタビュー相手の意向も細かく確認しながら、取材と執筆を進め、一つ一つの表現にまで気を使っています」と、上田記者は言います。

ジャンポケ斉藤さんのこと


 特に反響が大きかったのは、2020年7月3日付の紙面に登場したお笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤慎二さんの回でした。

「虫捕りに誘われ、待ち合わせ場所に早めに着くと、木の陰から一斉に人が出てきて『お前が虫だ』と袋だたきにあった」

「姿勢が悪いからと、彫刻刀で背中を刺されることが続いた」

小学生の頃から続いた凄惨ないじめの数々を明らかにし、自殺も考えたと語りました。普段、テレビで明るい姿を見ているだけに、ショックを受けた方も多かったかもしれません。そして、最後には、若い人たちに向けて、とても前向きな言葉を贈ってくれました。

僕は、自分を押し殺して耐えてきた時間が長かった分、君の痛みがわかると思う。君たちに笑いを届け、少しでも勇気を与えられる存在になれたらうれしいです。

『無理に笑わなくていい』読売新聞

 バラエティー番組で斉藤さんが、ふと漏らしたひと言をヒントに、20年6月に取材を申し込みました。その年の春、新型コロナウイルスの感染が拡大し、全国すべての小中高校と特別支援学校が、一時休校となりました。多くの地域では、6月1日に、学校が約3か月ぶりに再開されたばかりで、学校の再開が辛かったと思われる中高生の自殺者も出てしまいました。
 「やっぱり休校は、子どもたちの心身に大きな影響がありましたコロナは、大変なインパクトを子どもたちに与えたと思います。長く休んで、今度は学校に行かなくちゃいけないということで、プレッシャーを感じた子も多かったと思います」(上田記者)。

斉藤さんにインタビューする上田記者(左)。取材時に撮影し、配信もした動画の一コマです

「また、斉藤さんは、お笑い芸人ですから、芸能人として保ちたいイメージもあったと思うのですが、つらい子どもたちを救いたいと、覚悟を決めてくれた、と思いました」。ちなみにこの動画のインタビューの際、上田さん自身も、インタビューしながら大泣きしてしまったそうです。この年のシリーズはYahoo!で2100万PVを記録。斉藤さんの動画も読売新聞オンラインで10万PVを超えました。

 この記事が掲載された後、子どもや親からの相談が、200件以上、斉藤さんのSNSに寄せられました。このため、読売新聞では20年8月に、上・中・下と3回にわたり、斉藤さんが子どもたちの悩みに向き合う「斉藤さんの相談室」を掲載しました。

 また、斉藤さんは現在、読売中高生新聞でも、読者からの相談に乗ってくださっています。

取材のとき、常に心にあったのは

 連載に取り組む上田記者自身、頭から離れなかったことがあります。それは、小学校時代、学校がつらかったお子さんのこと、です。もう何年も昔のことですが、上田さんは、時短制度を使って、記者の仕事を続けながら、平日も早めに帰宅していました。そんな上田さんが連載に込める思いは、何でしょうか。

「苦しいなら、学校に行かなくてもいい自分を責めないで欲しい。ほかに居場所は絶対にある。そんなメッセージが子どもたちに伝わればいいなと思っていました」

 実は、昨年(2022年)に自殺した小中学生と高校生は、統計開始以来、初めて500人を超える見込みと言われています。「だから、この連載が大きく自殺を減らしているとは言えないかもしない。でも、読者からのメッセージを読むと、この連載に救われている子も確実にいるとも感じます」

 こうしたキャンペーンにより、若者の孤独・自殺対策にも国が本腰を入れて乗り出し、23年4月に新設された「こども家庭庁」を中心に省庁横断の対策会議も開かれるようになりました。

 上田さんは、今年の夏も、「しんどい君へ」の新しいシリーズを企画中です。また、上田さんが所属する教育部では今年、若者だけではなく、学校で頑張る先生たちにも、エールを送るような記事を書いていくのだそうです。学習の指導だけでなく、部活動や事務作業にも追われ、過酷な勤務に追われている先生も多いと言われているからです。

 我が家にも、二人の小学生がいます。自分が子どもだった時よりも、世の中が複雑になり、様々なストレスが増えたように思いますし、同年代の知り合いと話していても、どの家庭でも子どもの教育について、悩みは尽きないと実感します。読者の皆さんも、特にお子さんがいらっしゃる方は、教育に関する記事をもっと読みたいと感じていらっしゃるのではないでしょうか。私も一読者として、これからも、上田さんたちが書かれる記事を楽しみにしたいと思いました。

記者の現場#4
(取材・文 田中洋一郎)

※肩書は、執筆当時のものです。

新宿・歌舞伎町で居場所のない若者たちに取材した、山田記者についてのnoteはこちらです。