見出し画像

全方位的バランス美のピーコート

 3年越しに念願の、完璧なシルエットのピーコートを手に入れることができた。それこそ3年ほど前に突如、アメリカン・トラッドに目覚め、叶うならばそれが着こなせるシンプルな人間になりたいと思った。つまりは、流行に左右されずひとつの型として定着するほどにシンプルを極めた服装。何度もいうけれど、これが似合うのはボディありきとも思う。だから、そこまでを含めた理想なのだろう。シンプルな服を着て映えるのは無駄のない身体だから。現状まだまだ叶わない。

 ファッションが自己表現だとすると、自分はそういう装飾を排除して仕立てと生地の上質さ、ミニマルなラインのファッションを欲するという心には内側のデトックスをしたい!という欲求があったのだと思われる。3年ほど前から、というのがまさしくそれを裏付けているではないか。まあ、そうした発端からピーコートを求めた。普段使いの割とファッション性の高いコートはあって、それに満足もしているのでピーコートを探している、と言ってもそれは「いつか偶然に運命的に出会いたい憧れ」のようなものだった。

 必死に探さず、かといって眼中に留めたまま、それは脳内にうすぼんやりと捜索を命じていたのだ。最終的に行きついた答えとしては、ウィメンズにそれは存在しない、ということ。定番ピーコートをファッション的にアレンジをしているので、生地も柔らかく上質すぎたり、ウエストから絞りをかけていたりする。「そうか、メンズにしか私の欲しいピーコートはないのだな」。捜索の末にこの結論を導くのに1年半ほどかかった。アメリカン・トラッドといえばラルフローレンやブルックス・ブラザーズだ。のぞいてみると確かにかなり希望に近いものがある。しかし。ピーコートにかける予算感の倍はするのだ。それであってはいけない。それは違う。

 先週のことだ。いつもの遠慮のない、つきあいの長い男性の知人と話をしていて、なんの気なしにこれらのことをつぶやいた。すると、「ふうん。じゃ、行こうか」と言われ、なんだかよくわからぬままに原宿まで連行される。いやな予感がした。

 私は自他ともに認める変わり者なので、買い物は絶対に一人でしたいというこだわりが強い。これは同性異性問わずなのだが、とりわけ男性に同行してほしくはない。過去、つきあっていた人たちともそれが喧嘩の種になったことも少なからず。しかし、有無を言わせぬ突き進み方で彼の目指すショップに入った。入ってすぐのところにピーコートがずらり!ひと目見て「あ!これは」と思った。自分の求めていたシルエットだった。けれどまだ、自分は試着するつもりもないし、3年も探してきたものが突如現れてどちらかというと興奮しつつも戸惑いが強かったのだ。

 そんな私に頓着することなく、「着てみなよ」という。さすがに断ることもできない。なにしろ、いつも限りなく横柄で皮肉屋のその人が、なんと私の荷物を持ち、コートまで預かってくれるという対応ぶり。店内はこだわりのアメリカン・カジュアルが並び、メンズファッションであるし、場違い感が半端ない…。額にうっすらと冷や汗をかきながら腕を通すと、「あれ!?」驚いた。素晴らしいフィット感と完璧なシルエットなのだ。私はもう、今日この場で購入せずとも、これを買おうと決めるほどに気に入ったのだが、知人は容赦なくどんどん他のサイズにトライさせた。

 「肩がちょっと浮いているでしょ?わからない?」わかりません…。「これだと袖が少し長すぎるよね?」そうでしょうか…? かなり細かいサイズ展開であったので、何着も試着することになった。その度に細かく感想を述べられ、かつ同じものも比較や確認のために何度も試した。私だったら買い物にここまでこだわらない。それに、最初に試したサイズで自分的にはなんの問題もなかったのだが、知人は日頃からバランスにうるさい職業でもあり、妥協してくれなかった。そして小一時間何度も脱ぎ着して、店員さんも巻き込んだあげく判明したのは、「希望しているサイズが在庫切れ」であるということだった。(色違いの同サイズのものをサイズ確認のために試した結果)

 ここまでくると、もはや私も今日手にいれたいという気持ちが高まっている。店員さんいわく、「他店にも在庫はなくてオンラインに1点だけ残っている」という。そして、自分ではほぼわからない微々たるバランスのことを思えば、店頭にあるもので充分なのだったが、当然知人は許さない。そこまで試着して「買わない」という拷問状態のまま帰路につく。別れ際、「オンラインのを確認するときにさ、さっき店員さんが書いてくれた希望するサイズ表をちゃんと確認してみて」とくぎを刺される。

 帰宅してオンラインをのぞくと、なんとメモとサイズが微妙に違うのだ。しかも、知人がこだわっていた袖丈とか身幅がほんの少し違う。「ああ、これは許されないだろうな…」ともはや、誰の買い物なのか見失いながら諦める方向に流されていく私。即、確認が入ったので顛末を話すと、「いいのでは?許容範囲だと思うよ」!!!いいんすか、いいんすか、買っても!?

 そしてそれは昨夜やっと私の手元にやってきた。本当に何年も会えずにいた憧れの人にやっと出会えたかのような感慨でときめきが止まらない。

 「元々海軍が着ていた軍用着なのだから頑丈で、これから経年と共に体に馴染んで自分のものになっていくよ」と彼は言う。ハンガーにつるされたそれは、今はそういう意味ではまだ誰のものでもない。今日からこれを、本当の意味で私のものにしていくのだ。なんてすばらしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?