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ふわふわの魔法

 通勤スタイルで、両手が自由になるバックパックやリュックのデザインはシンプルかつ、薄型のものが多い。スマホの普及で格段に増えたスタイルだが、最近どうしても気になるのが、そんな黒ばかりのシックなリュックに、ぷらんと一つだけ、小さなぬいぐるみのキーホルダーがぶら下がっている確率の高さだ。

 背中の主は学生、社会人と、老若男女を問わない。どのような経緯で入手したのか、かわいらしい、ふわふわのぬいぐるみを揺らして歩いているのを見ると、たまらず好感を抱いていしまう。

 単なる目印なのか、ちょっとした遊び心なのか、本当に好きで気に入っているので一緒に出掛けているのか、理由はそれぞれあるだろう。

 自分の場合、幼い頃こそ、名前を付けたりして一緒に寝ていた筈だが、すでに忘却の彼方である。「早く大人になりたい」と願う子どもだったせいもある。引っ越しの機会がある度「これはもう要らないだろう」と、段々と姿を消していってしまった。

 そんな幼心の象徴とも言える、ぬいぐるみの存在意義は、意外と大人になってから気付いたりする。

 世に、「ぬいぐるみセラピー」というものがある。落ち込みや抑鬱(よくうつ)などに効果があると書かれているのをみると、なるほどなぁと感慨深い。

 鬱(うつ)が、ほぼ国民病となりつつある日本社会において、ぬいぐるみの姿をそこかしこで発見するのは、まったく不思議なことではなく、いわゆる「必要な」光景なのだと思う。

 ふわふわとして、温かいものにふれることで癒されるというなら、相手は動物や人間でもよいのだが、そうした動物と戯れる時間のある人、飼い主になれる人は限られるし、ぎゅっと抱きしめられる相手が、いつも求めるときに居てくれる環境というのは、昨今、なかなかに非現実的である。

 人の背やカバンの端で揺れるぬいぐるみが、その小さな瞳で語る人の寂しさ、憂いの深さに、想いを馳せる。科学技術の発展、進むデジタル化の波の中でも、ふわふわの魔法は生き残るのだろう。

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