鉛筆のデザイン

「明日から君には、鉛筆をデザインしてもらうことに」ーー

こう突然告げられた場合に何を想うべきか、ちょっと考えてみましょう。

鉛筆の機能

鉛筆くらいではあまり真面目に考えることもないかもしれませんが、そもそも鉛筆とはどういうものなのかをはじめに定義づけておく必要がありそうです。

鉛筆は何をしてくれるものなのか?

言わずもがな、鉛筆は紙に字を書くための道具です。これが、鉛筆の機能です。

「紙に」という部分を入れるかどうかは若干迷うところですが、とりあえずここではそれで進めます。

鉛筆の要件

紙に字を書ければ何でもいいのか?というと、そうはいきません。

世の中にはシャープペンシルもあればボールペンもあれば、マジックやクレヨンもあります。

これらと区別して、鉛筆を鉛筆たらしめる要素があります。

そこで、鉛筆に必要な要素を、要件としていくつか書き出してみることにします。

  • 片手で持てること

  • 紙に書けること

  • 芯は黒鉛であること

  • 芯が擦り減っても書き続けられること

  • 人体に害のない素材であること

などなど。

要件は、少しくだけた言葉で言いかえれば「要求」や「注文」と言ってもよいかもしれません。「注文の多い料理店」という話がありますね。あれと同じイメージです。

この注文が多ければ多いほど、どんな鉛筆であるべきかの輪郭が定まってきます。

たとえば上の例では「芯が擦り減っても書き続けられること」と書きました。「削れること」とはあえて書いていません。

なので、「芯が擦り減っても書き続けられること」が注文である限りは、必ずしも、いわゆる鉛筆削りで削れるように黒鉛を木で取り囲っているタイプでなくても構わないということになります。鉛筆の短い芯だけを、何回も取り替えられるようなタイプも許されるわけです。実際、そういった鉛筆も存在します(鉛筆という風には呼ばれていないかもしれませんが)。

この例でもわかるように、注文ひとつで、できあがってくるものが全く変わってくる可能性があるのです。

こういった要件、要求、注文はメーカー界隈では「設計要件」とか「設計条件」とか言います。

詳細設計

先ほどの要件は、コンセプトにすぎません。

この先、具体的な案を詰めていかないことには、モノになりません。

そこで「詳細設計」です。

たとえば、「片手で持てること」一つとっても、詰めていくと色んなことが考えられます。

  • 手のひらに収まるくらい小さい

  • 手のひらには全く収まらないけど、軽いので片手で扱える

  • いわゆる”鉛筆持ち"ができるくらい細い

  • ぶっといけど、握って扱うことはできる

などなど。

「片手で持てること」がもし要件だったら、実際にできあがってくるものは十人十色でしょう。

工芸品であれば、それによって味わい深い作品ができあがってくるかもしれません。しかし、大量に作ることを前提にする工業製品は、そのように雑な要件では大変非効率なため、もっと細かに色々な要件があります。

鉛筆の規格

工業会のそういった決めごとは、「規格」にまとめられています。

日本の産業規格は、よく聞く「JIS (Japanese Industrial Standard)」というやつです。

鉛筆に関するJISの一端は、以下のHPで参照することができます。

東京鉛筆組合昭午会HP

これを見ると、硬さや曲げ強さ、有害物質の含有量や寸法など、細かなことが色々と指定されていることがわかります。

なので、規格にしたがえば"ぶっとんだ"鉛筆というのはなかなか出てこないでしょう。
それを「味が無い」と捉えるか、「洗練された知の結晶」と捉えるかは人それぞれでしょう。

鉛筆にまつわる理系的な小ネタ: 曲げ強さの話

せっかくなので、鉛筆のデザインにまつわる理系的な小ネタをご紹介します。

先ほどのJISの中に、「曲げ強さ」(MPa)というのが出てきました。

曲げ強さというのは文字どおり、曲げに対する強さです。数字が大きい方が何か強そうですよね?そのとおりです。

MPaはメガパスカルと読みます。
Mは、1000000倍(10の6乗)という意味です。
Paは別の単位を使ってN/mm2(ニュートン毎平方ミリメートル)と表せます。
Nというのはkg重などと同じく、「力」を表す単位です。なのでN/mm2というのは、1平方ミリメートルあたりにかかる力、を表す単位です。

ところで、モノを曲げようとする力は「曲げモーメント」と呼ばれ、N.mmという単位で表されます。N.mmは、力に距離をかけた単位です。わかりやすい例はシーソーです。体重✕支点からの距離、で曲げモーメントが決まります。体重が大きい方が、また支点からの距離が大きい方が、曲げモーメントは大きくなります。

ただし曲げモーメントは、必ずしも支点と距離がないと成立しないというものではなく、たとえばドライバーのネジ回しのシーンでも使える概念です。つまり、ある1点に曲げモーメントが作用していてもいいのです。

いま、普通のポッキーと、すごく太いポッキーがあることを想像してください。材質は一緒です。
同じだけの曲げ(曲げモーメント)を加えたとき、細い方は折れて太い方は折れないという絵が容易に想像できると思います。

何が違うかというと、形が違うので、同じ曲げモーメントを加えたときの「曲げ応力」(N/mm2)が異なってきます。

曲げモーメント(N.mm)と曲げ応力(N/mm2)には、次のような関係があります。

曲げ応力(N/mm2)=曲げモーメント(N.mm)÷断面係数(mm3)

また新しい用語が出てきましたが、断面係数というのは、モノの曲げにくさを表すパラメータで、そのモノの形で決まってきます。ここは今回はあまり踏み込まないことにします。

さて、曲げ応力の単位は、先ほどの曲げ強さと同じです。これで何が言えるかというと

曲げモーメントと断面係数から計算される曲げ応力が曲げ強さを超えなければ、芯は折れない

ということです。

曲げ応力が実際に芯の内部に作用する力(正しくは応力)で、曲げ強さというのは曲げに対する芯の耐性といったところです。

まとめ

  • 鉛筆を例にとって、デザインにおける「機能」「要件」「詳細設計」の流れを見てみました

  • 「規格」には、細かな要件が書かれていることを確認しました

  • 鉛筆にまつわる理系的な小ネタとして、「曲げ強さ」「曲げ応力」「曲げモーメント」という用語を確認しました

今度鉛筆を握る際は是非、その形状や材質、大きさなどに注目してみてください。きっと、新しい発見があることと思います。

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