短編小説 苦しさの先に

大学生の頃、意味なく群れていることが嫌いだったので、大教室で講義を受けるときは、わざと一人で座るようにしていた。すると、一人でいる私を見て、隣に座ってくる同じクラスの女の子がいた。

別に言葉を交わすわけではない。目であいさつをするだけだったし、その子には当時交際している人がいたので、私に特別な感情があったわけではないと思う。ただ、そこに座りたいだけなんだろう、と思ってそのうち特に気もとめなくなっていった。

私は考古学者になろうと思って大学に進学したのだが、どうも思っていた学問と違うな、と感じ始めていた。考古学、というと、ハケで地面をパタパタして宝物さがしをする、というようなイメージがあるようだが、実際は想像よりずっと肉体的にハードだし、頭も使う。

考古学における発掘とは、地面の中の宝物を掘り起こすのが主目的ではなく、地下に残された構造物の痕跡を図面化していく作業だ。掘ってみなければわからない。でも掘ることは破壊することでもあるので、やり直しはできない。体力をめいっぱい使い、精神的に追い込まれながら、想定される構造物を予想しながら掘り進めていく。

作業に許される時間と予算もある。そして、かけた時間と予算に見合った成果を示さなければならない。私が大学で目にした考古学の実際はそういったものであり、それは、高校生の私が思っていたものとはだいぶ違った。

一年生の頃だったと思う。大教室でよく隣に座っていた女の子の交際相手で、考古学専攻の先輩が発掘現場で自ら命を絶ってしまった。

彼女は半年くらい大学に来られなかった。そして、大学に来るようになっても精神的に不安定で、突然泣き出したり、吐いてしまったりした。

そのころから、私は彼女と話をするようになった。彼女は校舎の中で私を見ると、突然泣き出したりした。あなたの顔を見ると泣きたくなると言われた。私はどうしてみようもないので、ただ泣いている彼女のそばで、泣きやむのをずっと待っていたりした。

彼女はいつか言った。どうして、私ばかりこんなつらい目にあわなければならないの。一生懸命努力して、勉強して、こんなに頑張ってきたのに、なんでこんなに苦しいの。確かそんなことを言ったと思う。

私は彼女に対して何と言ったのだろう。ひどい話だと思うけれど今はあまりよく思い出せない。でも、その時の無力感は忘れることはない。私は彼女にとって何の救いにもならなかったのだと思う。

結局、彼女は自分で立ち直っていった。自分をあんなに苦しい目にあわせた考古学を捨てなかった。4年生の頃には、とてもあたたかな笑顔を見せてくれるようになり、故郷で考古学に携わる行政の仕事に就いた。苦しくても一つの道を歩み続けることが大切なんだと、彼女を見ていて思う。

私が今の職業を目指そうと思うと、初めて話した相手は彼女だったような気がする。その時彼女が喜んでくれたのか、考古学の道を捨てるのかと責めたのか、今では忘れてしまった。