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私は大人になりました

小さく区切られた窓の向こうに
どこまでも広大な空の背中が
一部分だけ顔を覗かせている
かつてはその果てを思い描き
終わりのない空想の手触りに
この胸に似た力強い拍動を感じた
幼い頃、私にとって
生きるというのは
与えられた殻を破り越え
想像もしない世界へ
朝日を迎えにいくことだった

かつて空を見上げると
そこには陽の光を遮るようにして
父親が立っていた
逆光で顔は見えずとも
頭上の温かな日差しが
その眼差しを通過して
私に注がれていた
いつしか
空を見上げても
陽の光を遮るものはなくなり
嘘みたいに際限のない空を
時に羨み時に怯え
あの日差しを探している

教科書で空の果てを学び
空想は子どもの特権だと嗤われ
胸は世界の神秘に拍動しなくなり
朝起きれば既に夜に思いを馳せている

私も大人になりました
規則正しい生活をし
きちんと働いて少ないお金を稼ぎ
税金やら家賃やらに頭を抱え
結婚やら人付き合いやら
シワの増えた顔やら
たるんだ体やら
それらはとにかく際限がない
まるで雷を内包する曇天の空のように

私は大人になりました
かつて愛した空は
いまや
煩わしい生活に成り果てました





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