夜と布団

詩や短いお話を書き溜めていこうと思います。

夜と布団

詩や短いお話を書き溜めていこうと思います。

最近の記事

【詩】笑う老木

公園のベンチに腰掛けて 無邪気にはしゃぐ子供たちに 目を細める これから伸び行く新芽と 十分に伸びきらなかった ひしゃげた灌木 自分はもう終わったのだと 日陰に枯れようとするのを横目に 大空を覆うほどの樹冠をゆさゆさ揺らし 老木はおおらかに笑う お前はまだ何も知らない 外国の異文化に触れる衝撃 極限まで味覚を研ぎ澄ましたシェフの一品 宇宙のばかげた壮大さ 地を這う蟻の疲れを知らぬ足さばき 戦争における命のあっけなさ 人類の本能に刻まれた残虐な喜び 愛を失う痛み 見ず知らずの兄

    • 【詩】自責

      自分が損なわれるのを恐れて 善良な人を傷つけるな たとえそれが避けようのない過失であっても 間違っても相手の非を探すな 事態を変えようと試みもしないで 仕方のないことだと耳をふさいでいるとき いつだって悪いのは自分なのだから 百歩譲って それが避けようのない事故だとして 巻き込まれた相手が どのような怪我を負い 心を痛めているか それを想像することはできたはず そうしなかったのは 自分の罪と向き合っていないから 罪は影のように足元から離れず どこまでもついてくるというのに 切

      • 【エッセイ】東京にて

        もう桜は咲いているというのに寒さはまだこの街に居座っている。 南国で育った私は、いまだに東京の寒さに慣れることができない。去年の暮れに不甲斐なく失恋した折に再び吸い始めた煙草をポケットから取り出し、自分の吐息なのか煙草の煙なのか分からない白いモヤを空へと吐き出す。 東京の空は窮屈だ。でも、それなりに綺麗な表情を見せることもある。そんなことに気づくまでに長い時間がかかった。上京したての頃、東京という街は自分の知らない「他所の街」で、無表情に急く大勢の人々とコンクリートに区切

        • 恥ずかしい思いをした【詩】

          昨日はたいへん恥ずかしい思いをした 人の前で赤っ恥をかいた 思い出す度に心臓が破裂しそうだ 恥ずかしい思いをしたというのは 何かに挑戦したということだ 本当なら逃げてしまいたい 布団の中にうずくまりたい そんな虚弱な自分に 打ち勝ったということだ 恥ずかしい思いをした 恥ずかしい思いをしたから 今日は人にやさしくなれそうだ 人は痛みを抱えているときだけ 他者に思いを寄せることができる いつものつりあがった目が こころなしか平らになる 人にやさしくなれるというのは 自分にもやさ

        【詩】笑う老木

          朝のこと【詩】

          朝目が覚めると 私はさっさと暖房をつけて また布団に潜ってしまう まだ2月にもなっていないから 桜はまだ先なのかと ひとり愚痴をこぼす 窓の向こうには薄はりグラスのように さっぱりとした空があり 足をすべらせれば そのまま宙へ落ちていきそうだな テレビでは知らない誰かの 知らない犯罪や不祥事を 知らないアナウンサーが 訳知り顔で読み上げ スマホでは無機質な文字列が 情報の切れ端を配る なんとなく世の中を分かった気になるが 世界の謎は一向に解明できないままだ 温かいお茶でも飲み

          朝のこと【詩】

          もう会わない君

          遠くで揺らめいているネオンが、まるで消えかけの蝋燭のようにチラチラと輝いている。もう6月になったとはいえ、夜中は薄着では心もとない。ひんやりと頬を撫でる風に思わず身震いする。 こんな時間まで起きているのは久しぶりだった。社会人になってからというもの、いくつもの苦い失敗を繰り返し、規則正しい生活の大切さを思い知った。だから、最近では夜更かしをすることはほとんどなくなっていた。 しかし、今日は眠るわけにはいかなかった。 ベランダの手すりにもたれ、ホットココアを飲みながら静か

          もう会わない君

          私は大人になりました

          小さく区切られた窓の向こうに どこまでも広大な空の背中が 一部分だけ顔を覗かせている かつてはその果てを思い描き 終わりのない空想の手触りに この胸に似た力強い拍動を感じた 幼い頃、私にとって 生きるというのは 与えられた殻を破り越え 想像もしない世界へ 朝日を迎えにいくことだった かつて空を見上げると そこには陽の光を遮るようにして 父親が立っていた 逆光で顔は見えずとも 頭上の温かな日差しが その眼差しを通過して 私に注がれていた いつしか 空を見上げても 陽の光を遮る

          私は大人になりました

          君をDVから救いたかっただけなのに。【ショートショート】

          夜空にぼんやりと浮かぶ雲を見ていた。太陽が落ちても地上から光が失われなくなった代わりに、我々は星の輝きを忘れ去ってしまった。 夜風にはわずかに冬の名残が感じられる。暗く静かに佇んでいる桜の木々は、ほとんど散ってしまった花々に思いを馳せているようだ。 スマホの着信音が鳴る。画面を見ずとも誰からの着信なのかはわかっていた。 本当なら、着信なんて無視してここで夜を明かしていたかった。かつて愛し合っていた人と過ごした大切な場所。ここに来ると不思議と心が穏やかになった。私にとって

          君をDVから救いたかっただけなのに。【ショートショート】