さみしくなったら、またあおうね

忘れられないひとがいる。

病院で働いていたとき、統合失調症の男性が定期的に点滴を受けに来ていた。
その目的は点滴ではなく社会参加だったのだと、いま気付く。
彼には仕事もなかったし、所属する居場所もなかったように思う。
だからこそ来ればひとと話せる病院を、点滴をする機会を大切にしていたように思う。

年齢は50歳目前。
けれどいつも子どものような表情をしていた。
病院では感情の起伏が激しくなることもなかったし、終始穏やかに過ごしていた。
言葉数は少なかったけれど、いつも点滴が終わって帰るとき、決まった一言を言って帰っていった。

「さみしくなったら、またあおうね」

患者と職員以外の何でもない関係なのに、わたしは彼からそう言われるのが、その言葉が、それを言う彼のイントネーションが、彼の純粋さがあらわれていることが、好きだった。
その言葉に、いつも「またね」とこたえていた。

ある日、彼の母親が病院に来た。
泣いていた。
彼が統合失調症で服薬していた薬はとても強いもので、ふらつくことや転倒することが度々あった。
数日前にも転倒し、そのとき手をつくことが出来なかった彼は、頭を強打してしまった。沢山の血が出ていたので、救急病院に行き、そこで彼は頭を打ったことを病院の職員に自分で話して伝えたそうだ。
会話ができると判断した職員は、彼に待合室で診察の順番を待つように伝えてその場を離れたらしい。

彼は、次に職員が待合室に来たときには、もう亡くなっていた。
脳出血だった。

言葉数が少なかったのは、病気や服薬のためだったのだとも思う。
穏やかでない彼も、本当ならいろんなことを喋りたかった彼もいたのかもしれない。
もし、薬の影響がなく彼自身が自分のことをちゃんと話せたら、転倒したときに誰かがそばにいたら、彼はまだ生きていたかもしれない。
亡くなるきっかけになる以外にも「ころんじゃったよ」と頭に包帯を巻いてくることもあった。
そのときにも彼は、やっぱり穏やかに話していた。

日常のなかで、ふと相手を傷つけたり、トラブルになったり、嫌な思いをするときがある。
関係性が悪くなって、もう会えない相手もいる。
ひととの関わりを苦手とするわたしは、誰のことも好きではないな、とよく思う。

でもふと、彼の言葉を思い出す。
純粋に気持ちを言える彼のことを、恋愛でも何でもなく、愛しく思っていた。
だから10年近くたった今も、忘れられないでいる。
さみしい、でも思い出すたび、また少し、会えたような気もしている。
そしてそのことは、わたしに少しの頑張ろうという気持ちを与えてくれる。
そんな気持ちが、あってもいいんだ、あるんだな、と。

だから頭の中でまた繰り返す。
忘れられない、思い出す。

「さみしくなったら、またあおうね」

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