見出し画像

投球制限議論の最前線

 2019年の夏は大学競泳チームとの仕事や新たな企画立ち上げに忙殺されていたのですが、ここにきてやっと落ち着きを取り戻しました。私がお手伝いをさせていただいている大学競泳チームも5年ぶり(?)に日本学生選手権大会(インカレ)で個人3種目、リレー3種目で得点獲得と名門復活の狼煙を上げることになり、昨年帯同させていただいた同大会よりも少しはお役に立てたことを実感しています。

 さてその間も野球に関する仕事は途切れることは当然なく、中学硬式野球チームの練習・試合、そして毎月10日に締め切りがやってくる月刊「トレーニングジャーナル」誌の連載「投球障害からの復帰と再受傷予防」の執筆があって…

画像1

 で、その執筆において非常に参考になるイベントにこの度お招きいただいた。もちろんその内容は今後の連載にも活きてくるとは思うのだけど、その前にまず私の頭の整理をしておきたくて今回は記事を書く。記事というよりはブレインストーミングのようなものか?そんなものを読まされてたまるか、と思う方には先にお伝えしておくので移動されたし。

 参加させていただいたのは「第3回野球障害予防懇話会」。8月末に大阪で開催された「日本整形外科学会スポーツ医学会」に併催された、知る人ぞ知るイベント。基本、整形外科医が集まる会で、僕のようなどこの馬の骨かわからないアスレティックトレーナー・柔道整復師が紛れ込んでもいいのか?という集まりに、普段お世話になっている整形外科医の先生(誰だこんな奴を連れてきたのは!となってもいけないので名前は今回伏せさせていただきます…すみません)に同行させていただく。

 お集まりの方々の中に、何名か医師ではない方々がおられるが、その方々は基本野球団体の関係者でそれぞれのお立場を代表され意見を述べていただくゲストとしてそこにおられる。シーズン中のNPBから1名の球団ヘッドトレーナー(鍼灸師あんまマッサージ指圧師)、そしてWBC日本代表の医療サポート陣を代表して1名のNATA-ATC、合計2名の医師ではない医療従事者もその中に名を連ねる。そこにその他大多数の「野球に携わる医師のネットワーク」参加の整形外科医を加えた約80名の参加者が、とある地下室(!)に集まっている。そう、ここがわが国の投球障害の行方を占う最前線であり、今話題となっている高校野球の投球制限などの提言はここから発信される、そういう場だった。

 そこで話されていた内容は、1:侍ジャパン各世代の野球健康診断の実施状況の報告、2:各競技レベル、高野連や中学硬式各リーグ、軟式野球連盟など諸団体代表がそれぞれの団体での取り組みの説明、3:投球数制限に対する前述「医師ネットワーク」参加者からのアンケート結果の発表、そして来日したMLBチームドクターによる4:米国での投球障害事情の紹介であったが、僕個人として非常に興味を持ったのは、3つ目、この集まりに参加する先生方がどう考えているのか、だった。

画像4

 日本の投球障害に対する医療従事者からの啓蒙活動は、地方(一説によると徳島県?)の熱意溢れる整形外科医が中学野球、小学生の軟式野球などの現場にでて、投球障害、とくに野球肘の超音波画像をもとにした検診イベントを行ったことに端を発するといわれる。その結果をどう活かすか、が現場の指導者任せになってしまうのが非常に難しい点であるのだが、それまで何もなかったところに何かを起こしたということが素晴らしいと僕は思っている。それ以後全国に波及、侍ジャパン各世代が集合した際に必ず行われるに至り、そこで得られたデータの説得力が一般社会を巻き込むかたちで、現場の指導者たちと医療関係者が同じテーブルについて議論を交わす「高校生の投球制限に関する有識者会議」を発足せざるを得ないところまで持ってきた。2019年の夏、某県大会決勝での一件は(その内容に賛否はあれど)まさにあの声が現場に届いた証拠でもあるからだ。

画像5

 しかしながら、すべての医師が同じ方向を向いているのか、というところに僕は疑問をもっていた。一口に投球制限といっても、投球数(球数)なのかイニング数なのか、登板間隔なのか、さらにはそれらの組み合わせなのか、と選択肢は多岐に渡る。

 
結果を先に述べると、投球制限は球数で、1試合だけでなく1週間の制限、そして連投の制限に関しては約80%が賛成しており、基本的には同じ方向を向いていた。では投球数をどこで区切るか、については意見が割れているうえに、それが高校生になるとさらに線引きが難しくなっているように思われた。投球制限否定派とされる医師の方の意見には「練習不足による技術不足」「故障の原因は単なる投げすぎではなく技術的な問題」「単純に投球数を制限すればよいというものではない」といった意見があったという。

 それぞれの発表の後に質疑応答がなされていたが、そこで分かったのは集まった医師の先生方の現場への向き合い方、あるいは立ち位置、がそれぞれ違うということ。ある医師は「この(その先生のされている)取り組みが功を奏して(県大会の決勝でも)私の意見で監督は投手が投げる・投げないを決めるんです」と発言されたとき、「外部の医療機関にいる、その大会期間にのみ関わった人間が本当にそこまでの口出しができるのか?」と疑う声も(漏れ)聞こえてきた。医師としての立場の難しさ、チームの外にいる医療人なのか、チームの一員としての医療人になるべきなのか、それとも大会主催者である、という権力をもつ医療人であるべきなのか…それぞれの思う姿があって、正解は一つではない。

画像5

 僕らアスレティックトレーナーもそうだが、選手と指導者、あるいは選手と保護者、など人と人の間に立つときに、完全な中立にはなれない。指導者の側に寄りすぎてしまうケース、選手の側に寄りすぎてしまうケース、保護者の側に寄りすぎてしまうケース、その都度変化せざるを得ないし、そこに正解はない。ただ、気を付けなければならないのは「自分のエゴを満たしたい」になってはいけないということ、どんなに良い意見、アイデア、技術、知識をもっていたとしても、発揮する目的を間違えればそれは意味をなさないどころか、関係するすべての人が不幸になってしまう可能性もある。

 あと気になったのはそこで交わされた意見の想定されている現場が競技レベルの高い側、甲子園大会常連校などに偏っているようにも思えたことだったが、最後の質疑応答のなかでそれを指摘する先生がいた。1回戦で敗退するチームにも怪我で苦しむ選手がいる、好きな野球から見放されてしまったと感じている選手がいる。

 投球制限について、僕個人のスタンスは「まずはどこかで線を引くべき」、でも、本当はこんなことルール化しなくてはいけないのか?という複雑な気持ちでもある。本来なら、ちゃんとした指導者であれば勝ち上がったときの過密日程を事前に想定、何人かの投手を育成し、それぞれの役割を極めさせることで誰か一人に負担がかからないように準備するだろうし、強豪校はすでにそのステージにいる、ルールなんか作らなくても、いい指導者なら普通にそれができるはずだと思っている。現場の指導者の側にしても選手起用を誰かに指示なんてされたくないだろうし、主催者の権力でそれをさせるべきではないと思う。

 ただこれまでの日本の野球が守ってきた文化と伝統はそれとはまったく相反していて「あ、この人(指導者)はこの子(選手)と心中してもいい、そんな美学があるのではないか?」と思わされる試合をどのレベルでもよく見かける。エース一人が投げぬく中、何人もの才能ある選手を無駄にしてよいのか、そして、そのエースも消耗させきって、その選手の将来も奪ってしまってはいないか?特に強豪校ほど多くの才能を飼い殺しにした上に成り立っている高校野球、怪我をしても、メンバーになれない、あるいは外される不安から「痛い」と言えないその文化を今後も肯定し続ける理由はないと思う。

 一部の指導者の持つ価値観が偏っていて、投手に対してそこまでの配慮が期待できない以上、何らかの制限をせざるを得ないのが現状なのではないか。そうやって今は強制的にどこかで線を引くことによって、もっと多くの選手たちが才能を花開かせられる機会も与えられることのプラスを引き出したい。それがひいては野球全体のレベルがあがることにつながるのではないか、とは思う。ただし、球数(1試合あるいは1週間単位での)や連投を制限すると複数の選手の育成は進むのだろうが、主催者側が日程の調整までしてしまうと、今度はこれまでと同じく一人の投手でなんとかできるのではないか、という動きにもなるだろう。どう制限するのか、はなかなか難しい問題ではある。しかし、選手の健康を守るための知識や常識を身に着けた指導者が全てのレベルに浸透するまでは、残念ながらなんらかの仕組みが必要だろう。

 あれだけのメンバーを揃えて参加したU-18ワールドカップが非常に寂しい結果に終わった今だからこそ、この議論が盛り上がってほしい。この懇話会で得られた新たな知識を中学硬式野球の現場と連載執筆に活かさねば、と強く思った体験だった。

画像2


このnoteをご覧くださりありがとうございます。サポートいただけた際には子供たちが安心してスポーツに打ち込める環境づくりに使わせていただく所存です。よろしくお願いいたします。