いい美容師さんの条件
えっ、これで完成なの?
縮毛矯正をかけたはずの前髪は変わらずうねっていて、「広がらないように重さを残して」と言ったカットは内側をスカスカに梳いている。これ、めちゃくちゃはねるし広がるやつだ。
だけど、美容師は「終わりました」と言う。
えっ、もうちょっとマシにできないんですか?
……と思ったけど、言えない。
結局、私はヘラヘラと愛想笑いをしたままお会計を済ませて店を出てきた。
悔しい。
器用に生きている(ように見える)人たちはこういうとき、ちゃんと言うんだろうか?
◇
家に帰り、夫にこのことを話す。
すると、「失敗したものはしかたないよ、クヨクヨしてても髪が元に戻るわけじゃないから。この体験からなにか学びを得られるといいね」と言われ、ますますムカついた。
だけど、たしかにクヨクヨしても髪が元に戻るわけではない。
じゃあ、どうしたらいいのか?
解決策を考えるため、ある人にLINEで事情を説明した。
ある人とは、担当美容師の弥生さんだ。
そう、私には担当美容師がいる。じゃあなぜ弥生さんの店に行かなかったかというと、それにはいろいろと事情があるので後述するとしよう。
弥生さんから返信が来た。
「縮毛矯正がかからなかったのは、一液の放置時間が短かったか、アイロン処理が不十分だったんでしょうね。チリチリになってないならすぐにもかけ直せますよ。たいていの美容室は一週間以内なら無料で直してくれます」
だけど、もうあの美容室には行きたくない。弥生さんにやってほしいと伝えて、後ろ髪の状態も説明した。
「梳かれちゃったんですね。じゃあ、パーマかけたほうがいいかも。当日見て提案しますね」
あぁ、さすがは弥生さん……!
希望の光が見えて、モヤモヤが少し和らいだ。
夫に言うと、「これからはずっと弥生さんの店に行きなよ。そのことがわかっただけでも、今回のことは収穫じゃない?」と言われた。
少しイラッとするけど、その通りだ。
◇
弥生さんとの出会いは2015年。
私と夫は長旅から帰国し、その年の1月に町田に住みはじめた。東京に住むのは久しぶりで、行きつけの美容室がない。私の髪は癖が強く剛毛で、腕のいい美容師さんじゃないとうまく扱えない。
「美容室ジプシーめんどうだな」とインスタで嘆くと、旅先で知り合って先に帰国していたS君が「俺の奥さん、美容師だよ。しかも歴15年で店長」とコメントをくれた。
ベテランなら私の髪を扱えるかも……!
それで、S君の奥さんに切ってもらうことにした。それが弥生さん(仮名)だ。
弥生さんの店は吉祥寺にあった。私の住む町田からはけっこう遠い。
けれど、来て良かった。弥生さんは一発で私の髪質を見抜き、オーダー通りの髪型にしてくれた。
前髪はすとんとしたストレート、後ろは癖を活かしてパーマをかけているように。ボリュームを上手に調整しているので広がらず、きれいにまとまる。髪型だけならまるで多部未華子ちゃんだ(念のため言うと、多部ちゃんのようにとオーダーしたわけではない)。
あとでわかったのだけど、弥生さんは担当しているお客さんが多く、新規のお客さんは受けていなかった。私がS君の友達ということで、特別に担当してくれたのだ。
その後、S君と弥生さん夫婦・私たち夫婦の4人で飲みに行ったり、弥生さんとは公私ともに付き合うようになった。美容師と客であり、友人でもある関係。LINEを知っていたのはそのためだ。
そしてその翌年、弥生さんは産休に入り、私は美容室ジプシーとなった。
◇
ところで、私は松本市にも担当美容師がいる。
百合ちゃんというめちゃくちゃ腕のいい美容師さんで、もともと友達だ。
昨年までの私は、1年のうち半分を山小屋スタッフとして北アルプスで過ごしていた。だから、山小屋に行く直前・休暇中・下山後は百合ちゃんに切ってもらっていた。
問題は東京にいる間。今までは弥生さんに切ってもらっていたけど、産休・育休中はそれができない。
私は某クーポンサイトで町田の美容室を探すようになった。
けれど、腕のいい美容師さんに出会えない(もちろん町田にも腕のいい美容師さんはいると思う。私が出会えていないだけだ)。
「ここもダメ、こっちもダメ……」としているうちに、弥生さんの育休が明けた。
だから、吉祥寺に行けば良かったのだ。
だけど私は「次こそ町田でいい美容師に出会えるんじゃないか」と思ってしまい(吉祥寺まで行くのがめんどくさくなってしまったというのもある)、またクーポンサイトから美容室を予約した。
その結果、盛大に失敗されて弥生さんにLINEで泣きついたのだ。
◇
そうした経験から、わかったことがある。
弥生さんと百合ちゃんには共通点がある。
そして、それは「イマイチな美容師さんたち」にはないものだった。
彼女たちの共通点は
①経験が豊富
②他の美容師をディスらない
③謙虚
この3つだ。
◇
まず①だけど、弥生さんも百合ちゃんも、私の髪に縮毛矯正をかけるときは「一液の放置時間をやや長め、アイロンをしっかりめ」にしているらしい。お客さんひとりひとりの髪質によって加減を変えているそうで、私の髪はしっかりかけないとまっすぐにならないそうだ。
ふたりとも、私がはじめて来店したときからそういう施術をしてくれている。
「よく私の髪質に合った施術が一発でわかりましたね」
そう言うと、
「担当しているお客様にサキさんと似た髪質の人がいるから……」
と言っていた。弥生さんと百合ちゃんには面識がないのに、ふたりとも同じことを言っていたのだ。
ふたりとも美容師歴が長くて経験が豊富だからこそ、その人の髪質に合った施術がわかるのだろう。
次に②だけど、弥生さんも百合ちゃんも、私が他の美容師に失敗されてから行っても、前にはさみを入れた人のことを決して悪く言わない。
「あぁ……やりたいことはわかります。何も考えずに切ってるわけじゃないと思うな。でも、もうちょっと知識と経験があれば良かったかな……」みたいな感じ。
また、百合ちゃんに切ってもらってから数ヶ月して弥生さんのところに行ったり、その逆パターンをやると、
「あ、前にはさみ入れた人、いい美容師さんですね」
と、ちゃんと気づくし褒める。ふたりともだ。
これは、性格が批判的じゃないからだと思う。
批判的じゃない人は、他人のいいところをどんどん吸収するし、自分のダメなところは素直に反省する。だから美容師として成長しつづけることができるのではないだろうか。
一方で、今まで当たったダメな美容師はみんな「わかってない美容師はレイヤー入れちゃったりするんですけど、俺に言わせれば……」などと、他の美容師をディスることで相対的に「自分はわかってる」アピールをしていた。
本当に腕のいい人は、他人を貶める必要がない。そして、他人を貶めない性質の人こそ、腕が磨かれていく。
鶏が先か卵が先かみたいな話だ。
最後に③だけど、弥生さんも百合ちゃんも、ベテランなのに謙虚だ。
謙遜じゃなくて本当に「私なんてまだまだ」と思っていそう。
これは、自信がないとか自己評価が低いのとは少し違う。たぶん「理想とする美容師像」のレベルが高すぎるのだ。だから、いつまで経っても「これでいい」と満足することがない。貪欲に、知識と技術をアップデートしつづける。
一方、ダメな美容師は妙に自信満々で、傲慢さすら透けて見える。
この前失敗した美容師は、最初からめんどくさそうに「お客様の髪質だと、ボブにしたら広がりますよ?」と言ってきた。
えっ、弥生さんも百合ちゃんも、何度も私の髪を「広がらないボブ」に仕上げてくれてるんですけど……。
いや、その美容師にそれができないのは仕方ない。私の髪質は難しいらしいから。
だけど、なぜそこで
「お客様の髪を広がらないようボブにすることは、今のオレにはできません。世の中にはそれができる美容師もいるのに。あぁ、オレはまだまだだ……もっと腕を磨かなければ」
という発想にならないのだろう?
美容師は技術職だ。
自分の未熟さに気づき、それを克服するために努力する。そんな謙虚さが技術を磨くのだと思う。
◇
というわけで、「いい美容師さんとは、経験豊富で他の美容師をディスらない謙虚な美容師さんだと思う」という話。
だけど残念ながら、いい美容師さんかどうかは見た目だけではわからない。
もしもこれを読んでいるあなたが美容室ジプシーをしているなら、一刻も早くいい美容師さんに巡りあえることを願っている。
素敵な人に切ってもらうと、自分の髪を好きになれるから。
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