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夜の大人たち

私たちは夜を歩く。

郊外の、どの駅からも遠い家に住んでいる私と夫は、都心での飲み会を終えて地元の駅に着くとだいたい終バスがなくなっている。夫が「どうやって帰る?」と言い、お酒が入って少し勇ましくなっている私は、ロータリーに並ぶタクシーを横目に「歩く!」と答える。

そうして、真夜中の散歩が始まる。我が家までは一時間だ。

先週もそんな夜があった。

熱を帯びた頭を冷ますように、濃紺の夜を泳ぐようにぐいぐい歩いているとやがて、表通りから脇道に入る。

夜の街は昼間とはまるで違う。こっちのほうが本質ですよ、と言わんばかりで、じゃあ誰がそれを言っているのだろう。

寝静まった通りを歩いていると、ふいに夫が歩みを止めた。小さな事業所の塀に郵便受けがついていて、口をふさぐようにプラスチックの看板のようなものが貼りついている。

看板は下部がなくなっていて、残っている部分には縦書きで

ポス
郵便
まで

とあった。

「なんて書いてあったんだろう?」

住宅街を歩きながらずっと、看板の文字について、ああでもないこうでもないと言い合う。

「ポストや郵便やこの思い、あなたに届くまで」

「ポストは届けんな」

「ポストでも郵便受けでもなく、ただそこに在るまで」

「哲学だね」

「ポストは郵便局まで!」

「落し物?」

そんな話をしてばかみたいに笑っているうちに、ローソンの前に差し掛かった。

夫が「飲みなおしていいかなぁ」と言う。私は、今はじめて飲みなおすことを思いついたかのように、「おっ、いいねぇ」と応えた。

けれど本当は、ローソンの明かりを見つけたときすでに、飲みなおしながら食べるおつまみに思いを馳せていた。冷蔵庫にお豆腐あったかな。


家に着くと、とっくに日付が変わっていた。

私がピアスをはずしたり着替えたりしている間に、夫はおつまみを用意してくれる。夫は部屋着の概念がなく、家にいるときも出先でも同じかっこうなので、そのまま家飲みに移れるのだ。

夫が作るのは、わかめ冷奴。水で戻した乾燥わかめをごま油と醤油で味付けしてお豆腐に乗せた、シンプルな料理だ。

我が家の冷奴は木綿豆腐。私の育った家庭では冷奴といえば絹だったけれど、夫は木綿派で、私も結婚してから木綿の冷奴に魅入られた。

味がわかる人間ではないので、お豆腐はどこのものでもいいのだけれど、しいていえば業務スーパーの木綿豆腐が好き。35円なのに手榴弾のようにずっしりしていて、無骨な舌触りなのがいい。センスのいい人に「本当にいいものってこうですよね」と言われたら簡単に丸め込まれてしまいそうな紙一重の感じ。

わかめは醤油とごま油だけでも十分おいしいが、ねぎや茗荷など、そのとき冷蔵庫にあるものを加えてアレンジしてもいい。

気づけば我が家の定番おつまみになっていたわかめ冷奴だが、夫いわく、これを最初に作ったのは私らしい。実家ではこんな食べ方しないのに、私、なんで冷奴にわかめ乗せようと思ったんだろう。

結婚してまだ六年だから、わかめ冷奴もこの六年の間に生まれただろうに、まるで昔から知っている概念のような気がする。


こたつにもなるテーブルで、録画していたドラマを見ながら飲みなおす。

泥酔せずに帰宅して飲みなおすなんて、おつまみがコンビニで買った乾きものじゃないなんて、私も大人になったものだ(作ったのは夫だが)。

お酒を覚えたての頃、私はよく酔いつぶれた。早くに挫折を体験した私は、自分を特別だと思いたい時期が長かった。うまく生きてそうな人たちにルサンチマンを募らせ、尖った格好をして小説を書き、サブカル好きが出入りする酒場で朝までめちゃくちゃな飲み方をする。そうすることで、人と違うことをしていると錯覚していた。

それらの記憶は、舞台が東京だからこそ、こうして文字にすれば少しだけエモーショナルになる(なってないかも)。けれど実態は、文学的な退廃ではなくて、ただひたすらに冴えなかった。

あの頃の自分が今の自分を見たら、どう思うだろう。姿も中身も丸っこくなって、こんな色気のない夜に満足して。

大人になって平凡な幸せを手に入れた、というわけではなくて、むしろ大人ならではのシビアな大変さと日々闘っているわけだけれど、そう言って、あの頃の私はわかるかな。そんなことより、わかめ冷奴、おいしいよ。

ロング缶を一本空ける頃にはもう眠くなっていて、そのままごろりと夫のひざに頭を乗せる。

次に目を開けるのは朝だ。


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