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学術書の編集とビジネス書の企画の違い

おはようございます。
先日、X(旧twitter)でこの投稿が反響を呼びました。

私も学術出版社で13年働いていたこともあり、とても共感したので、引用させていただきました。

そうしたところ、細々とやっている私のXとしては異例の反響をいただき(と言っても私の中での比較ですが笑)、驚いた次第です。

確かに、そう。
学術書の編集って、お金にはならないのです。
その最大の理由は市場が限られたところで商売をしているからなのですが、逆に言うと読者の顔が見えるビジネスでもあります。

「この先生が書いて下さったら、あの先生(とそのお弟子さんたち)は読んでくださるだろうな」

といった具合です。
そうこうしているうちに、編集者も先生方との関係ができてきて、

「この本が出たんだ。確かに〇〇さん、最近この辺のテーマ好きそうだったもんな」

というような会話が出てきたりします。
というような感じで、先生方との人間関係と、編集者の興味の掛け合わせで新たな企画が生まれていきます。
それは、研究会の成果報告だったり、先生のお弟子さんの博士論文の書籍化だったりするのですが、ネタは先生方の中にあることが多い。
学術書の編集者は、そこに寄り添って、成果報告のお手伝いをさせていただくようなイメージです。

一方で、ビジネス書(や、市場で売れるような企画)を作る場合、人間関係以上に、企画力とスピード感が求められるのです。
学術書の場合、「急いで出すよりも、じっくりよいものが出てくるのを待ちましょう」という判断をしやすいのです(その代わり、いくつも種を撒いておく感じでしょうか)。
もちろん、ビジネス書も種を撒いておく必要はありますが、タイミングと企画コンセプト、読者のニーズを意識することがまず何より大事。
でも、「読者のニーズ」って何でしょう?何を人は読みたいと思うのか?
建前や「かくあるべき」論ではない、生の「欲」に答えていく必要があります。
本音はどこにあるのか? 正解はないのかもしれませんが、問いを立てて、仮でもいいから答えを出していくことが大事なのかもしれません。

もちろん、「欲も大事だけど、「かくあるべき」を忘れてはならない!」という気持ちを持つことがダメだ、というわけではありません。
編集者として、そういう想いを持つこと自体は素晴らしいことだと思っています。本が売れた先のビジョンがある、とも言えますので。
ただ、それが全面に出過ぎると、説教臭くなるし、重い。
というわけで、そうした「想い」裏に潜ませておく工夫が必要かもしれません。仕事で楽をするための仕事術の本を読んでいたら、いつの間にか仕事が大好きになっていた、ということを仕込んでおくこともできるかもしれないですね(もちろん、反社会的な内容は、嘘、ステマはダメですが)。

ただ、そこまで葛藤しながら企画する本ばかりではなく、「これ必要だし、出したら読む人いそうですよね」くらいの感じで出る本もありますし、それで売れれば何も間違っていません。

実は、読者の「欲」を探る時に、学術書でやっているようなn=1、ペルソナをしっかり見つめられることも大事だったりもします。
ただ、学術書の場合は人間関係に紐づいた「読んでおかないとまずい」という購入動機がありますが、市販で本を売る場合は、人間関係は基本的にはないので、著者の知名度、テーマ、内容に刺さる人はどういう人物か、という人物像を具体化させていき、どういう動機で購入してどう活用するかがイメージできなければなりません。そして、それにどう応えていくか作りこんでいく、という流れになります。

とか偉そうに書きましたが、それを実際にやっていくのが難しいのですけどね…💦
思い付きが大化けすることもありますし、しっかり考えてもやっぱり売れないこともある(というか、そういうことの方が多い)。
難しいことも多いですが、学術書でもビジネス書でも、やはり人の繋がりは大事だと思います。読者のコミュニティの規模や中身は変わっても、世界が広がっていく実感はある方が楽しいのかもしれません(この辺は、年齢やスキルによっても考え方が変わってきそうですが)。

学術書で13年、ビジネス書で5年半…。日々試行錯誤です。



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