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短篇

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noteの企画に参加した作品をあつめました。 #シロクマ文芸部  さんは毎週お題が出るのがとっても楽しい。 ピリカさんの企画はnoterの憧れ。
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記事一覧

ハマウイング #シロクマ文芸部

 風車というものを初めて見たのはいつだったか、記憶の奥底を探るが思い出せない。  いかにも風車だなと言う建物は、長崎のハウステンボスで見たことがある。子供だったので、風車だな、と言う以上の感想がなかった。  横浜で今、ぐるぐる回っているあれも、風車と呼ぶのだろうか。  そんなことを考えながら横浜のランドマークタワーの展望台にいた。隣にいる男が、あれはハマウイングですよと説明してくれる。風力発電所なんですよね、ぼくはあれを見ると風都を思い出すんです。風都、知ってますか。『仮面

紙芝居 #シロクマ文芸部

 始まりはじまりぃ、っと、ん?何が始まったって?見りゃわかるだろう、紙芝居だよ。紙芝居、見たことないの。ああそう。今どきの子供にゃまいるね、紙芝居も知らないんだってよ。え。兄ちゃんも初めて見るってかい。こりゃまた魂消たね。たまげたって何、だと。まあねぇ、いまどきなんだから、しかたがないやねぇ。恐れ入り谷の鬼子母神だ。あゝン?恐れ入り谷の鬼子母神って何、ってか。おいおい冗談言ってもらっちゃあ困るね。おいらの話がなにひとつ通じちゃいねえのかい。たいしたもんだ。たいしたもんだよ時の

不自然な恋と愛の証 #シロクマ文芸部

 『桜、色っぽい』と背表紙に印字されたVHSが、兄の部屋の押し入れの段ボールの中から発見された。半透明のパッケージに入っているだけで、背を見なければそれとわからない。あらあら、と思った。  そういえば兄も男だった、と変なことに感心したが、その数が多く、そのうえ『桜、色っぽい』しかなかったので、少し不思議に思った。数えてみると、全く同じものが10本もある。出ている女優が好きだったのだろうか、と思うが、それにしても数が多い。  先日、60歳の誕生日を前に逝去した兄は独り身で、同

多様性暴走バス #夜行バスに乗って【企画参加】

 友達とカフェに入って、隣の席に自分の母親と同じような年頃の女性がひとりで座っていたら、ほぼ100%、話は聞かれていると思っていい。ひょっとして、運悪く小説家や脚本家志望の人物や、邪な人間が隣になることもあるかもしれない。話す内容には気をつけた方がいいだろう。  今、そう、たった今も、私は隣の席に案内されてきた娘のような年頃の若い女性同士の会話に耳を傾けてしまっている。  私はその時、某有名珈琲店で仕事をしていたのだけれど、彼女たちが席についてからは、もはやただ画面を見つめ

ゆうこちゃん #シロクマ文芸部

「春と風とのあいだには今日も黄色いヤツが飛ぶぅ」  どこかで聞いたことのあるようなメロディーに適当な歌詞をつけて歌うと、ゆうこちゃんは盛大なくしゃみを放った。 「何それ、何の歌?」  私が聞くと、ゆうこちゃんは、七菜のお祖母ちゃんがカラオケでよく歌ってた歌だよと言った。お母さん、中島みゆきが好きだったからねと言う。 「中島みゆき?」 「プロジェクトXも、そうか、知らないか」  ゆうこちゃんはそう言いながら、またくしゃみを連発した。 「今日はこの春最大の飛散量だよ。たまんないわ

タイム・リープ・イヤー #シロクマ文芸部

 閏年にはいつも年末に気づく。  翌年のカレンダーが出回り始める秋口に購入しても、年も押し詰まって慌てて買いに行っても、大晦日になってそろそろカレンダーでも準備しておこうと袋から出して、やっと気づくのが常だ。  そうか来年閏年か、と気づいても、もう4年経つのかという気持ちがじわりと湧くくらいで、ふだん、閏年に特別な思いはない。  けれど、今回の年末は違った。  こんなに待ち遠しい閏年は、初めてだった。  閏年のことを、英語ではleap yearというらしい。リープはタイムリ

チョコレートがお好きでしょ #シロクマ文芸部

 チョコレートが好きじゃないの、とあなたは言った。  車の中は暖房が効きすぎていて暑い。みしり、と締め切った車の鉄扉の向こうは雪になっていた。  チョコレート好きじゃないの、と尋ねると、うん、好きじゃないのとあなたはまた言う。  あなたの横顔をみつめたまま、膝に乗せたケイト・スペードのバッグの中に今まさにある、高級チョコレートのことを考えていた。冷蔵庫並みに冷え切った空気の中に長い間いて、今度は容赦のない車の暖房で今ごろ汗をかいているであろう、チョコレート。  あなたはこちら

リスキリング #シロクマ文芸部

 布団からヤバいものが出て来た。  といったら昔はあれだ、平成くらいまではグラビア雑誌という時代が長かった。他にも、磯野家のカツオのような点数の模試の結果とか。好きな子に書いた手紙とか。交換日記とか。ずっと前に中で脱いで忘れ去られていた臭い靴下とか。コンドームとか。当人以外には別にヤバいものではないが、恥ずかしいもの。母親に部屋の掃除をするなと厳命していたのに家に帰ったら布団が干してあってカバーとシーツが洗われていて、隠しておいたものがベッドマットに綺麗に並べられていたりして

「i」

 紛うことなき真理というものがさもあるかのように振舞っている動画が再生数を伸ばしているのを見るのは怖い、とシグマちゃんは言った。手の中の平べったい世界の中でシグマちゃんがひらひらと手を振る。事実や真実じゃないのよ真理、と、しっかりとメイクしたシグマちゃんの目元がアップになり、エフェクトされた「真理」という文字が重なった後、通常のシグマちゃんのアングルに戻った。  ハートのマークを押すと、ハートがぽよんと飛び出していく。今日投稿されたばかりのリールなのにもう何千回も見られてい

お菓子の国のアリス#シロクマ文芸部

 『雪化粧』はどうでした?という質問に、結月は動揺した。  頬が一瞬、ぴくりと動く。  今の動きは隠しおおせただろうか。それともモニタを見ている人たちは結月の表情から何かを感じ取ってしまっただろうか。そう思いながらも、明るく張りのある声で、はい!とても美味しいですよね、と笑顔で返していた。  あっ、結月さんあれお好きでしたか~、嬉しいですねぇ、試食会では有名なロッタさんの『雪丸大福』の類似商品なんて声もあったんですが、さすが、インフルエンサーの結月さんです!召し上がられて、ど

新しい自分

 新しい自分が来た。  ひどく憂鬱そうな面持ちをしている。こんな自分を発注していたのか。まるで思い出せないが確かに私がオーダーしたのだろう。スマホのアルバムには申込画面をスクショしたものが残っている。  気に入らなければ返品交換もできるらしい。私は目の前にたたずむ女を仔細に観察した。  女はうつむいていた顔をあげた。少し口元に皺が寄っているし、眉は薄くなり離れ、眉間には皺が刻まれている。髪に混じる白髪も到底ごまかしようのない感じで、ハリもコシもなく頭頂部の毛量は頼りない。二

麗しい日々

 最後の日課を済ますと、私はベッドに入った。  灯りを少し落として読みかけの本を少し読み、すぐに眠気が襲ってきたので、本を閉じて眼鏡を外す。本を読むのは寝るために儀式的に読んでいるだけなので、読み進めることができなくても気にならない。  私の一日は、ほぼ判で押したように決まっている。朝起きてから夜寝るまで、自分に課したスケジュールがあり、その通りに行動している。曜日ごとにも決まりがあり、ともかく日課を済まさないと気持ちが悪い。  家族と一緒に住んでいる頃は、さすがにこうは

ある俳優 #シロクマ文芸部

 『振り返る!あの時あの人』という番組に出演することが決まっていた俳優は、収録日の朝、「出られない」と声を震わせた――。  もう長い間人前に姿を現さなくなって久しく、過去にたった1本だけヒットしたドラマの主演の時とは、既にかけ離れた容姿になっていた。  そのことが、彼を苦しめていたのか。それとも経済上の都合で引き受けたものの、急に衆人環視に晒されることに恐れを抱いたのか。  当日の出演拒否の電話は、涙混じりだった。その後、番組の担当者が電話しても、彼が電話に出ることはなく、メ

文鳥 【#シロクマ文芸部】

 「詩と暮らす」という雑誌を定期購読している。季刊誌だ。  詩が巻頭を飾り、美しい絵画やイラスト、写真などと共にプロからアマチュアまでの詩が数多く掲載される。一般からリクエストを募った詩がランキングされたり、エピソードとともに推薦された詩も載る。いっぽうで、断捨離やDIY、料理のコツやランチの情報、ワードローブ指南やミニマリストのコラムまで、暮らしのあれこれも網羅している雑誌だ。  詩は特別なことではありません、と編集長は編集後記に必ずしたためる。  生まれてから死ぬまで、私