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プロジェクトK: 桐生に移住

前回投稿からかなり間が空いてしまいました.その間に,いろいろなことがありました.それはもういろいろな.ある意味その終着点というか,われわれ家族の出した「結論」が,このタイトルです.

わが第二の故郷,下北沢を離れ,群馬県桐生市に移住します.きりゅーにいじゅー.2022年度末に移住し,4月には新生活を始められるようにします.

ということで本日は,桐生移住計画,プロジェクトK とその経緯について,書ける範囲でいろいろと書き連ねたいと思います.

なんで桐生?

移住先は桐生市ですが桐生駅からは少し距離のあるところで,東武桐生線の某駅徒歩圏内になります.これがかなり重要な点で,現在の仕事を継続するため,都内への通勤を最優先で場所を決めました.同じ群馬県で東武線ということになると太田市の方がアクセスもいいし比較的栄えているようなのですが,ちょうどいい物件に出会えなかったということもあり,桐生市に決めました.高崎の方がよくない? という声もありそうですが,それは別の事情とかかわってきます.

実は,桐生市お隣の群馬県伊勢崎市に妻の実家があります.伊勢崎市も広いですが,妻の実家は桐生市よりのエリアで,何かあった時に安心ですし,またいろいろ縁もあり妻も桐生市への馴染みがあった,ということも移住先を決めた要因です.確かに高崎は便利で都内へのアクセスもいいですが,伊勢崎からかなり離れてしまいますし,馴染みもないので,そうなると「群馬に住む」ことの意義が薄れてしまうので,始めから候補に挙がっていませんでした.

なんで移住?

故郷ということもあり,かねてから妻は「群馬に住みたい」と言っていました.正直に言って私個人には縁もゆかりもない土地なので,仕事のことも考えて,現実的ではないと思っていましたが,下に書くような事情もあり,このほど一気に現実味を帯びてきました.

通勤のハードル

1つ大きいのが,現在非常勤講師という身分である私にとって,都内への「通勤」というハードルが意外と高くないということです.本年度は実際週3回しか通勤しておらず,来年度も同じ (予定).そして大学の長い夏休み・春休みは全く通勤無し.さらに現在コロナ禍対応で勤務先の大学の一つは「半期の半分はオンライン授業でもOK」という形になっていて,これをフル活用することでさらに通勤回数を減らすことができます.

また東武線の特急を利用することで,都内までは特急に乗って速く,かつ座って通勤することができます.もちろん都内から通勤するよりかなり時間はかかりますが,wifi の飛ぶ特急の中で仕事をすることもできますし,疲れていれば寝ることもできます.家と同じ,とまではいきませんが,家でやっていたことを電車内に移しただけ,と思えば,通勤の労も所要時間ほどではないように思えてきました.

タイミング

娘が小学校に上がるタイミング,というのも今移住を決めた大きな理由です.現在住んでいる都内のマンションは,設備もよく大家さんにも良くしていただいているのですが,平米数的に家族3人+1匹で暮らすにはとうに限界を超えていて,ずっと引っ越そう引っ越そうと思っていました.ただ,下の「経済事情」にも書きますが,せめて娘が自室を持てるように,ということで家を探すと,現在住んでいるエリアにはなかなかいい家が見つからない.

一番のびのびしたい時期に東京の狭い家で窮屈な思いをさせてしまった分,せめて小学生になったらもう少し広い家で過ごせるようにしてあげたい,という思いが日に日に強くなっていきました.都内でそういう家を探せば? という案もありえましたが,上に書いたように今いるエリアでは難しい.かといって別のエリアに移るとなると,結局娘は今のお友達と離れなければならなくなる.それならいっそ,群馬に行ってしまえばいいのでは,という判断でした.

経済事情

もはや全てはここに帰着するような気がしますが,様々な問題の原因にあったのが,経済的な事情です.恥ずかしながら現在大学非常勤講師という非正規雇用の形で働いている身で,安定した収入を得ているとは言い難い状況にあります.(単純な月収と言う点でもそうですが,特に堪えるのが社会保険料です.)

非常勤講師というのは大学で「授業」をすることでそれに対応した給与をいただくわけですが,「本来」私の本職は研究者.ですが,研究をすることでお金はもらえないので,いわば空き時間に「趣味」のような位置付けで研究時間を捻出するほかありません.さながら,プロのミュージシャンを目指し音楽活動に勤しむ方がライブハウスやスタジオでアルバイトして生活費を捻出するような,そんな状況です.

ということもあって,昨年度から妻が少し仕事を始めたこともあり,研究時間を捻出しようと本年度から非常勤先を一つ減らしてもらいましたが,そのためにさらに経済事情は厳しくなってしまいました.

もちろんこの状況から抜け出すためには非常勤ではなく常勤 (専任) の大学教員になる,という道が正攻法で,実際多くの友人や後輩がその道を進んでいっています.私もそのつもりで就職活動をしていますが,

  • 非常勤でも (なんとか) 生活できてしまっている

  • 非常勤であるおかげでかなり時間を自由に使えている

という「現状維持へのインセンティブ」があって,さらには生来のものぐさな性格もあり,大学教員の公募に提出する資料を作成するモチベーションが今一つ上がらず (なかなかに労力がかかるのです… ),そうこうしているうちに公募期限を過ぎ… という状況が続いていました.

もちろんこれでいいわけはないので,意を決して「本気で」就職活動せねばならないな,というところですが,ひとまず来年度は「現状維持」にとどまりそうなので,さすがにこのタイミングで都内の「より家賃の高い広い家」に転居するというのは現実的ではありませんでした.

これから

上に書いたように非常勤講師という身分であり,専任の職を求めて就職活動を行う関係で,今後の勤務先・勤務地がどうなるかというのはけっこう未知の部分があります.来年度はひとまず現状維持だとは思いますが,年度途中からの採用ということもありえなくはありませんし,再来年度以降となると全くの未知数です.契約上,来年度いっぱいで非常勤講師の契約が打ち切られる可能性も当然ありえます.

ということで,場合によっては桐生市民生活は短い期間で,数年の間に再移住,となるかもしれません.あるいは,娘の通学を考えて,私が単身赴任になるかもしれません.希望としては,娘が小学校を卒業するまでは継続して住み続けたいとは思っているのですが.

もっと長期で見た時に,娘の大学進学や就職,そして独り立ちして夫婦二人になってから,さらには終の棲家をどうするか,ということも視野に入れると,どこかのタイミングでしっかり稼いで東京に凱旋するというのもいいなぁと思っています.夢のまた夢かもしれませんが.逆に妻は群馬生活の継続を希望していると思いますので,その辺りもよく話し合って決めていくことになるでしょう.

いずれにせよ,今回このような形で新しい土地への移住を決めたことで,なんとなく凝り固まっていた思考から解放されて,改めて広い視野でいろいろな可能性を考えられるようになった気がしています.その意味でも,こういう機会を与えてくれた妻に感謝しています.

今は桐生生活が楽しみでなりません.

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