しかし、真実は他にある

早見青児は成績が優秀な子供ではなかった。
教育熱心な両親は彼に高度な教育を施し、TVや漫画など一切の娯楽を排したのに関わらず、彼の成績は平均を上回ることはなかった。

ある日、彼は友人の家へ遊びにいき、そこで初めて漫画を読んだ。
彼はある漫画に熱中し、約束の帰宅時間を過ぎても読むことをやめなかった。彼を夢中にさせたのは永井豪の漫画だった。
彼の母親が迎えにきて、禁じられていた漫画を読んだことがバレたが、彼が恐れていたほど母親は怒らなかった。ただ、ため息を一度ついただけ。成果が出ない教育に疲れたのか、彼の楽しそうな姿をみて今後はのびのび育てようと発想を転換したのかは定かではない。
その日以降、彼の勉学への熱中は眼を見張るものがあった。成績はこれまでが嘘だったかのように急上昇した。子供が急成長するなんてよくある話だが、これは周囲に異様なものを感じさせた。
なんにせよ、成績があがるのは喜ばしい。あまり子供の教育に執着しすぎなくなったのが良かったのだろうと、両親は満足気に微笑んだ。

しかし、真実は他にある。

彼は一流の大学を首席で卒業し、世間で一流とされる証券会社に入社した。
彼があまりに勉強熱心だったため、大学側から研究者の道を押されたが彼はにべもなく断った。あまりに迷いがなかったため、大学の教授連中は、きっと彼は一度、世間に出て真の実学を追求したいのだろうと納得した。いずれ、学問の道へ戻ってくることもあるだろうと。

しかし、真実は他にある。

彼は若手の最優秀であると同時に、社内政治に長けた油断のならない人物として社内で名を馳せた。学生時代の勉強熱心で朴訥な印象とはうって変わり、社内の有力者を巧妙なやり口で味方に引き込み、有望な若い社員たちからも信頼を集めた。世代の出世頭であり、業界の寵児であった。
しかし、眉をひそめるような噂も多かった。女性に乱暴を働いたり、会社の金を横領しているといったものだった。
しかし、それらは噂の域を出ることはない。彼の隠蔽工作の賜物だった。彼の裏の顔を知る少数の実力者たちは、彼を油断ならない人間だと警戒し、その一方で手を汚すことも厭わない頼もしい人材とも感じていた。

しかし、真実は他にある。

中年にさしかかり、会社役員となった彼は、でっぷりと太り、ぎとぎとに脂ぎった肌艶をしていた。横領した金で買った悪趣味な高級スーツに身を包み、呼吸をするようにセクハラとパワハラを繰り返した。しかし、行為自体は客観的にはグレーであり、周囲の関係者は眉をひそめるものの、社会的な問題になるリスクは低いものだった。なんて小ずるく厭らしいやり口だ。正義感に燃える若い社員たちは不満を隠そうともしなかった。彼は、そんな社員たちの存在に気づいてはいたが、なにも手を打つことはしなかった。彼が片手を振れば、若手社員の首などは簡単に消し飛ぶはずだった。
彼に近しい部下たちは、この人にもまだ良心が残っていたのかと驚いた。

しかし、真実は他にある。

ある日、彼は会社から帰宅する途中に、貴金属店に立ち寄り、高級な腕時計やアクセサリーを買い漁った。デザインなど見もしない。値段の高いものから順に購入し、紙袋一袋分がたまると、店を出た。
部下の運転する車の中で雑に包装を破って腕時計をつける。彼の腕でギラギラする時計をみて、ニコリともしない。いかにも義務的な動作だった。
運転席の部下に話しかける。おい、俺は下品か?い、……いいえ。たじろいでくぐもった声を出した部下の様子をみて、彼は満足そうに微笑んだ。部下は、自分が困ってるのをみて喜んでやがる、と腹を立てた。

しかし、真実は他にある。

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自宅につき、彼はふかふかのソファーにどっかりと腰を落ち着かせる。
ふーっと、大きくため息をつく。
そのため息にはこれまでの人生を振り返っての満足感がこもっていた。
すべては彼の計画通りだった。
一流の企業にはいり、昇進に昇進を重ね、要職につく。
裏では賄賂、横領、セクハラ、パワハラ、と会社役員としての悪の限りを尽くす。
そうだ、これで完璧だ。こうすればあの人が会いに来てくれる。きっと、もうすぐだ。
男はうとうとしてソファに横になる。安らかな寝顔だ。

彼は、あのときに読んだ永井豪の漫画が未だに忘れられない。
悪の限りを尽くし、オフィスビルの最上階で乱痴気パーティーをしている醜い中年の男たちに制裁を加える半裸の美女。
ハニーフラッシュを浴びせられ塵芥と消え失せるその日まで、早見青児の悪行は続く。

最後まで読んでくれてありがとー