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なにもできない、わからない、わたし

幼いころのわたしはバレー教室やピアノ教室、そろばん塾。
小学校、中学校のテストの点数は全教科一桁だった。
テストの解答用紙は名前だけ書いたらすぐに裏返して時間いっぱい絵を書いていた。ある日共働きの両親が学校に呼び出されていた。
その夜、両親はひどく言い争って母親はお風呂場で泣いていた。

友達の言っていることもほとんど理解できなかった。
だからなのか、一度も友達はできなかった。
そもそもわたしは人の顔の見分けがつかない、一人一人覚えるのに数か月から数年かかる。

美術の授業は好きだった。絵は理解できた。
自由に書けるところが特に好きだった。

バレー教室やピアノ教室、そろばん塾、ほとんど行かなくなった代わりに好きな絵の教室に通いはじめた。
はじめは優しかった女の先生もやがてわたしを裸にして色々なことをするようになった。結局絵画教室を終えるまでの数年間、自分がされている行為に理由もわからず怖くて両親には言い出せず仕舞いだった。

高校生になったわたしは、県下で唯一入学できた私立の高校を卒業すると同時に飛び出すように上京した。
何もわからないわたしを誰も知らない土地で生きたいと思った。

生まれてはじめての都会、すぐに働きはじめ、見たこともない大金に心が躍ったのもつかの間、よく分からない内に数百万の借金生活となっていた。
借金生活、一日数百円で生活しなければならなかった。
わたしは計算が苦手なのでうまく計算ができなかった。
数年後、ようやく借金が返せる目途が立った頃、ふと死にたくなった。
わたしは結局何もわからないうちに人生を終えるのだろうと思った。

そんなある日、あるSNS上の数少ないわたしの知り合いから突然プロポーズされた。SNSというか、仕事の休みの日にこつこつプレイしていたMMOオンラインゲーム内のコミュニティだった。
異性との交友経験など全く無かったわたしには、この状況が正直どういうことなのか理解できなかったが、気づけば流されるがままにプロポーズを受けていた。

そんな折、わたしの中で一番の懸念材料は、何の趣味も持てずにいたわたしの唯一の癒し、大量のBL本だった。
何もないわたしの部屋の収納のすべてを埋め尽くしていた作品たちは、偶然職場で出会ったBL仲間にすべてを託した。
これがわたしが婚前に準備した唯一のことだった、それ以外のことは結婚相手に投げっぱなしだった。

その後一か月足らずで顔も知らない相手がわたしの元へやってきた。
どうやら相手は一年以上前から準備をしていたらしい。

相手と初めて会ったその日、なにやらわたしの両親に挨拶をしないといけないらしく、相手はひどく緊張していた。
翌日、すぐに二人でわたしの実家を訪ねた。
結局相手は両親の前でほとんど何も言えずただただドモリながら頭を下げ続けていた。
わたしはというと数年見ていなかった両親の面影さえも分からなくなっていて、かろうじて声などで両親なのだろうと認識した。

両親への挨拶の後、わたしたちはすぐに入籍した。
あらかじめ借金のことを伝えていたのだが、彼はすぐに残りのローンを支払ってしまった。
彼が言うにはよくあるマルチ商法の一種だから気にする必要もない、お金は紙くず同然だからと言っていた。
でもわたしにはよくわからなかった。

結婚後、同棲するなり彼は自分名義の通帳をわたしに預けて、お金を含めた家の中のことを任せるといった。
通帳の中には見たこともない金額が書かれていた。
相変わらずわたしは何もわかっていなかったが、自分で色々調べ家事や家計のことを学びはじめた。

主婦となって一番の驚きは自分は料理が得意だということが分かった。
独身の間は食事はすべてスーパーの割引シールが張られた総菜やネットで箱買いしたインスタントで済ませていて料理などしようとも思わなかったからだ。掃除も好きだった、今まで一度も掃除などしたこともなかったのだが、ワンルームの部屋で彼を待つ間、家事をするのは楽しかった。

彼は何でもできるスーパーマンのような人だった。
何もできない、わからないわたしとは正反対だった。
そんな何も知らないわたしに彼はいつだって無尽蔵に優しかった。

いつしかそんな彼との日々の中、わたしの胸の奥のほうで温かい、何とも言えない感覚が芽生えていった。
何もわからないわたしでもわかる、でもよくわからない感覚だ。

彼が休みの日には沢山色々な場所へ出かけた。
いつだってわたしの料理を笑顔で美味しそうに食べていた。
人と会話する経験が少なかったわたしの拙い話をいつも面白そうに聞いていた。

そんなまるで夢のような日々が10数年続いた。
でもその日は突然やってきた。
スーパーマンだと思っていた彼は病気で亡くなってしまった。
働きすぎだったそうだ。

もうなにもわたしにはわからない。
人の顔を覚えられないわたしは一年後には彼の顔も忘れてしまうだろう。

あとがき

愛がすべてです。
遅いなんてことはありません、まだ間に合います。
今すぐです、愛に生きましょう。
YoshiTakahiko

タイトル画像

てくだてくてくさんよりお借りしています。
ありがとうございます。

プロフィール

私、那須ノの簡単な自己紹介となります。
惹かれたら是非ご覧ください。


いつも本当にありがとう。 これからも書くね。