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【前編】ChatGPTを用いたリーマン・ショックとモラルハザードについての学年末テスト問題の解説記事

前回のnote記事では、高校1年生向けの公共の学年末テストでChatGPTによる返信そのものが登場するという、一風変わった、生徒からするとクセが強めの試験問題について書きました。

ChatGPTのようなAIを教育現場でどのように活用すべきか、試験問題作成の途中経過、試行錯誤について書きましたが、今日はその試験問題の内容そのもの、つまりリーマン・ショックとモラルハザードについて、どのような授業実践を行ったのか授業で用いたスライドをnoteにペタペタ貼りながら書きたいと思います。ChatGPTの回答を題材にした試験問題は英語で出題しましたが、同じく非常勤講師として勤務する他校では、同じ内容を日本語で教えていたので、日本語のスライドも紹介していきます。

リーマン・ショックが起こったのは2008年9月。私が金融機関に就職して2年半ほど経った頃の夏でした。年度の始めに「大学卒業後は銀行員やってました」と自己紹介をしていますので、覚えている生徒は覚えてくれています。覚えていなくても、「リーマン・ショックに文字通り大きなショックを受けたのが先生です」と切り出して授業を始めます。

リーマン・ショックを学校で学ぶ意味

リーマン・ショックは、政治・経済や公共の教科書に登場し、いわゆる教科書的な説明は以下に引用したとおりですが、この赤字部分を覚えておしまい、ではもったいないと思っています。

出典:第一学習社『高等学校 改訂版 政治・経済』

バブル経済、金融危機はこれまで人類が何度も経験してきて、おそらくこれからも繰り返し起こりうることなので、リーマン・ショックという個別事例からから学び取れることは大きいはず。そのため、授業では次のような流れで掘り下げていきました。

  1. リーマン・ショックの概要とその影響を知る

  2. リーマン・ショックが起こった理由や背景にある仕組みを知る

  3. リーマン・ショックを引き起こした人間の心理や性(さが)を知る

社会科を学ぶひとつの目的は、社会とは?人間とは?について考え、理解を深めることだと考えています。リーマン・ショックについても、単に証券会社と銀行が破産した、株式市場が大幅に下落した、企業も倒産し不景気に突入した、という事象だけでなく、なぜ起こったのか、どのような構造になっていたのかを知ることが重要です。さらにその背後にある人間の心理、人間の賢さや愚かさ、ひいては、人間の性(さが)について、掘り下げることを目指したい。人間の性は、だってにんげんだもの、の世界ですね。今回、リーマン・ショックという過去の出来事を題材から焦点を当てたのが、「モラルハザード」でした。

リーマン・ショックに関する映画教材

授業時間中にいくつかの場面だけ選りすぐって鑑賞したのがハリウッド映画の「The Big Short(2015)」。リーマン・ショックが起こる前に、アメリカの住宅市場が実態以上に価値が膨れ上がっている、いわゆるバブルであると見抜き、アメリカの住宅市場が崩壊することに賭けたファンドマネージャーたちの実話に基づく映画です。
この映画は金融経済を学ぶだけでなく、エンターテイメントとしても面白いのですが、学校で鑑賞するにあたっての難点は、言葉遣いが汚いこと。。。いわゆるFワードが頻発するので、そこはうまく避けて場面を選ぶようにしました。同じような金融経済モノのハリウッド映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013)」と比べればはるかにマシですが、この教材精選も教員の大事なスキルかなと思います。
生徒にはこの点もオープンに共有しました。「授業では時間制約と表現の問題もあって全部は観ません。興味がある人はAmazon Prime VideoとかDVD借りて観られるけど、言葉遣いには気をつけてください。銀行員がみなこんな話し方だとは思わないでね。僕みたいな紳士的(gentle)な人がほとんどです笑」と補足。

さて、映画鑑賞にあたり、前口上として生徒と以下のやり取りをしています。
これから映画を観ますが、その前に英単語の勉強です、と言って、「Long」という単語の意味はなんですか?と生徒に問い掛けます。

生徒からすると「いやいや、中1じゃないんだから」という態度で、面倒くさそうに「それは、長い、です」と答えるのですが、教員は「違います」と一言。
生徒は「は?何言ってるの?」とわかりやすくイラッとします。教員からは、金融においては「長い」ではなく、別の意味で使われていますが、何だと思いますか?とさらに畳み掛けます。
この質問に対して、生徒は明らかに戸惑い、混乱していました。この問い自体は知っているかどうかの話なので、すぐに答えを共有したのですが、ここでの「Long」は、株などの金融商品を買って保有すること。いやそんなの知らないよ、という反応が返ってくるのですが、その次の問い掛けがポイントです。

英単語の確認その①

では、「Short」はどんな意味でしょうか?と問い掛けると、「Long」が「買い」だとすると、「Short」は「売り」ですか、と生徒。その通りです。ただ、このときの売りは、「株などの金融商品の価値の下落を期待して空売りすること」ということです。と言っても、生徒にはよくわからないので、補足として、自分で持っていないものをどこか他から借りてきて売って、価値が下がったら買い戻すこと、例えばDVDを友だちから借りて・・・と具体例を出すと、大方理解してもらえました。

英単語の確認その②

そこで映画のタイトルに戻るのですが、「The Big Short」はどういう意味になりますか?と問い掛けると、「Short」が売りポジション、空売りということは先ほどのやり取りで理解しているので、「だとすると、大きな空売り、ということか」「巨大な売りポジションだ」という反応が出てきます。そうです、そういうことです。カッコよく意訳すると「世紀の空売り」(事実、映画の原作であるマイケル・ルイス著の邦訳は「世紀の空売り―世界経済の破綻に賭けた男たち」です)。

ちなみに、公民・公共の授業では授業内容に関連する映画を観ることも多いのです。ただ、そのうちの映画のいくつかは、日本で配給される際に原題の英語から変更されることで、英語のニュアンスが全然違ってしまうものもあり、いつも生徒と一緒にツッコミを入れています。

例えば今回の映画である邦題『マネー・ショート(英語にするとMoney Short?)』は、I'm short of money(お金が足りない!お金に困っている!)のような意味になり、確かに金融危機を言い表すタイトルとしてはありえなくはないのですが、『The Big Short(世紀の空売り)』が醸し出すイチかバチか感はなくなってしまいます。なぜ変えてしまうんだ、Why Japanese people!?とベタなツッコミを入れます。

モラルハザードとは?

授業内では、モラルハザードの定義についても確認しています。生徒の中にはモラルハザードという言葉を聞いたことがある生徒も何人かいましたが、リーマン・ショックの背景にある人の心理として大事なところなので、クラス全体で定義について確認しました。

狭義と広義のモラルハザードの定義のまとめ

モラルハザードは元々は保険業界や経済学で用いられていた概念・用語でした。典型例は、保険契約をしたあとに、保険がない状態では取らなかったようなリスクが高い行動をとりがちになること。生徒にもわかる身近で最近の例として、コロナ保険を例に上げました。

教員「新型コロナウイルス感染症も対象とするコロナ保険が保険会社から販売されていました。コロナと診断され自宅療養した場合に保険金がもらえるというものです。この保険に加入したら、みなさんの行動はどう変わりますか?」
生徒「マスクを外して遊びに行きます!」
教員「・・・はい、それがモラルハザードですね。」

他にも、スマホを持っている生徒も多いので、スマホの破損・故障・水没・画面割れなどの修理費用を保障するスマホ保険も紹介しました。最近のスマホは高価で、画面ひび割れの修理代も高額なので、普段は丁寧に扱って落とさないように注意しますが、スマホ保険でカバーされるとわかると、扱いが雑になる、というのもモラルハザードです。もちもん、故意でスマホを壊した場合は保障対象外になりますが、故意か事故かの判定は難しい、なぜなら、そこには情報の非対称性があるから、と補足します。情報の非対称性については生徒は以前の授業で学習済みなので、ここでは復習も兼ねています。

モラルハザードのもうひとつの元来の意味は、プリンシパル-エージェント問題で、典型例は選挙という話をしたところ、生徒からは「それってまさにガーシー議員」という例が出てきました。確かにそれはそう。このnoteではこの点については掘り下げませんが、授業ではガーシー議員(このnote記事執筆時点ではすでに元議員)のどのような行動がモラルハザードに当てはまるかを考えました。

ChatGPTの回答を使った学年末テストの答えにまだたどり着いていません。。。前置きが長くなってしまったので、ここまでを前編として、授業の大きな問いである「リーマン・ショックを引き起こしたモラルハザードは何か?」については、後編で解説していきます。

授業を貫く大きな問い

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