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エンジニアになるには【工学入門#1】

筆者はITエンジニアである。

しかし、本稿はITに限定せず、工学という広い範囲の話を述べる。工学という大土台を学べば、情報技術だろうとデザインだろうと一度に見通せるようになるからである。

筆者は今まで「エンジニアリングを基礎から教えてほしい」といわれたことが何度かある。しかし、困ったことに、本当の意味での基礎を語ろうとしても見せるウェブページがないのである。たとえば大学1回生のときに「~概論」という名前の講義で習うような初歩的な内容であっても、ネット上で探そうと思うと非常に苦労する。仮に見つかっても、どこかの大学の先生が自分の学生向けに講義スライドを公開しているだけの場合が多い。

世の中の初心者向けの入門書は、個別のノウハウやスキルをバラバラと列挙するようなものがほとんどである。確かにそのほうがアウトプットにつなげやすいのでよく売れるし、世の需要もそこにあるのだろう。

しかし本稿(本マガジン)では、あえて個別のノウハウやスキルを扱わず、エンジニアにとって必要な基本思想のみを扱いたい。おそらく、読んでもすぐに使える知識はほとんどない。しかし、まじめにエンジニアの世界に入門するならば、早期に押さえておかなければならない重要な話である。

エンジニアリングを基礎から学びたい誰かにとって、本稿がその思想の地ならしとなれば幸いである。

そもそも「工学」とは

工学とは、社会に役立つものを作るための学問である。

つまり、実益のない学問は工学とは呼べない。

よく誤解している人がいるが、工学は実学の一種であって科学の一種ではない。学校の科目でいうならば、工学は数学・理科の仲間ではなく、技術・家庭科の仲間である。

科学は「正しいか、正しくないか」を気にする学問である。
一方、工学は「役に立つか、立たないか」を気にする学問である。

もちろん「正しい」と「役に立つ」が両立しているのが理想的だが、場合によってはどちらかを犠牲にしなければならないこともある。そのような場合、科学の立場にある人は「役に立たなくてもよいから、正しさを追究したい」と考え、工学の立場にある人は「正しくなくてもよいから、役に立つ状態にしたい」と考えるだろう。

世の中を見渡すと、工学と科学を混同している人は非常に多い。はたから見れば、必要知識や作業内容が似ているので、どちらも同じ学問に見えるのであろう。

アートとデザインが混同されがちなのも、おそらく同様の理由である。
アートは純度の高い自己表現を尊び、デザインは俗世間における実用性を尊ぶ。そもそも目的が違うのに必要知識や作業内容が似ているので、どちらも同じものに見えるわけである。

今から話すのは「工学入門」である。カタカナ語のほうが親しみやすいと感じる人は「エンジニアリング入門」と読み替えていただいても構わない。ただし、決して「科学入門」ではないので、その点は区別意識を持って読んでいただきたい。

「工学」の「工」とは

もし「昼寝学」という学問があったとして、「昼寝」が何を指すのかを知りもせずに昼寝学を修めようとする人がいたとしたら、何も学んでいないのと同じである。

また、もし「早食い学」という学問があったとして、「早食い」が何を指すのかを知りもせずに早食い学を修めようとする人がいたとしたら、何も学んでいないのと同じである。

今ここに「工学」という学問がある。工学を修めようとするならば、「工」が何を指すのかを知らなければならない。

そもそも日本語の「工学」は、近代に「engineering」という語を翻訳するためだけに生まれた造語である。そもそも訳語として造られたわけであるから、おおざっぱには工学もengineeringも同じ概念であるといえる。

では、engineeringとは何か。

歴史的には、engineeringは様々な意味を持ってきた言葉だが、現代の意味だけに注目すれば「ものづくり」くらいの意味である。

「ものづくり」といっても、必ずしも「もの」だけを作るとは限らない。作る対象は、「こと」だったり「ソフトウェア」だったり「環境」だったり「構造」だったり様々である。したがって、厳密には「ものづくり」というよりも「~づくり」と言ったほうが、実態に近いかもしれない。

さて、その「ものづくり」あるいは「~づくり」を漢字で表現しようとして、昔の日本人は「工」の字を選んだ。工作、工芸、工業、大工、加工、施工などで使われる「工」の字である。

つまり、「工学」の「工」は「ものづくり」という意味であり、「工学」とは、要するに「ものづくり学」なのである。

ここで、当たり前のことをわざわざ強調しておくが、工学(engineering)をする人のことをエンジニア(engineer)というのである。英語に注目すれば、語尾が-ingなのか-erなのかという違いでしかないことに気付くだろう。

つまり、エンジニアの学問的な本籍地は、工学である。お隣の科学の門に入ったとしても無駄にはならないかもしれないが、エンジニアになりたいならば、最初から工学の門に入った方がよい。学ぶ内容は似ていても、目的が違うからである。目的が違えば、ものの判断基準も連動して違ってくる。ものの判断基準が違えば、長年のうちに認識や注意の習慣まで変わってしまう。

大学や専門学校を受験するにあたって進路選択をする際にも、自分が何の門に入ろうとしているのかについて自覚的になったほうがよい。サイエンティストになりたいならば科学の門に入るのが自然であり、エンジニアになりたいならば工学の門に入るのが自然である。アーティストになりたいならば芸術の門に入るのが自然であり、デザイナになりたいならば設計の門に入るのが自然である。

工学が「ものづくり」の学問であることを知ってから工学を学びはじめる人と、それを知らずに学び始める人とでは、学習効率や到達点が全然違うはずである。「エンジニアになる」と言って、そもそも自分が何の学問に入門しなければならないのかを知らなければ、入る門を間違えたきり、何年もさ迷うことになるだろう。

ここまででエンジニアと工学の関係性については大体把握できたことと思う。

すでに述べたように、エンジニアの学問的な本籍地は科学ではなく工学であり、工学とは科学的な正しさを追求するものでなく社会に役立つものを作るための学問であるということを、まずはしっかり認識しておいていただきたい。

続く


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