見出し画像

高梁川の生き物の方言名

祖父は岡山県の一級河川「高梁川」の漁師だったので、夏になるとよく一緒に鮎漁に連れて行ってもらいました。3~4メートルの竹棹で舟を押しながら、川を横切るように刺網(カーテン状の網)を仕掛けて鮎が網の目にかかるのを待つ漁法です。

高梁川の漁師は、刺網のことをタテアミと呼び、攩網のことをテダマと呼びます。漁師用語にも方言らしきものがあるというのは面白いですが、とりわけ生き物の方言名は豊富で、図鑑に載っている名前では逆に通じない場合も結構あります。

その方言名の中には、インターネットでヒットしないものもいくつかあり、このまま誰も文字に残さなければ誰に知られるともなく消失してしまうかもしれないので、何となく記録に残しておくことにしました。

生き物の呼び方一覧

※2000~2010年ごろに高梁川中流域(総社市)で70~80歳の漁師たちが使っていた言葉をまとめました。標準語と同じものも一応全部挙げています。

凡例:
【標準語名】方言名(補足)

【アユ】アユ(笹焼きにしたものを、わざと洒落てアイと呼ぶことがある。「アイの笹焼き」と「愛の囁き」とをかけている)
【コイ】コイ
【ニゴイ】ニゴイまたはニコイ
【フナ類】フナ(ただしゲンゴロウブナは普通のフナとは区別されることが多い)
【2cmほどの小ブナ】タジャコ(フナに限定された呼び方かどうかは不明。また、どのくらい広く通じるのかは不明)
【ゲンゴロウブナ】ゲンゴロウブナまたはゲンゴロー
【若いオイカワ(稚魚~10cm以下)】ハエ(ハエという呼び方は、広義にはオイカワ状の魚を漠然と指す場合があるらしく、それらと区別するためか、まれにシラハエまたはシラバエと呼ぶ)
【成長したオイカワ】アカモツ(大きく成長したものまたは婚姻色が出たものをこう呼ぶ。ハエと呼ばれる種と同じ魚であることはみな知っているが、わざわざ呼び分けする)
【カワムツ・ヌマムツ】アカモツ(オイカワとの呼び分けは特にしないが、祖父は婚姻色の出たカワムツを指して「これが本来のアカモツ」と言っていたので、アカモツは本来的にはこの種の呼び名または赤い魚の総称かもしれない)
【モロコ類】モロコ
【ウグイ】イダ
【ウナギ】ウナギ
【ナマズ】ナマズ
【ギギ】ギギ
【タナゴ類】カメンドーまたはカメントー(ネットの情報によると、岡山ではカメンタという呼び方がタナゴ類の方言名として知られているらしいが、それは一度も聞いたことがない)
【カワヒガイ】不明(オイカワ・カワムツ・ヌマムツなどとは区別されるが、名前は分からないとのこと。昔はいなかったらしい)
【オヤニラミ】ヨツメまたはカワメバル(ヨツメと呼ぶ人がほとんどだった)
【ドジョウ】ドジョー(ただしシマドジョウは普通のドジョウとは区別される)
【シマドジョウ】スナクグリ
【ドンコ】ドンコツ
【ヨシノボリ類】キンコツ
【標準語不明】不明(ハゼのような魚。黒くてヨシノボリよりも大きいが、ドンコより小さい。また、エラの上に小さな剣がある。ヨシノボリ・ドンコとは区別されるが、名前は分からないとのこと。めったにいない。図鑑から当時はアユカケと同定したが、アユカケは瀬戸内海沿岸の河川には生息していないそうなので、今になって調べるとカジカという魚のような気もする)
【カマツカ】ホーセンボーまたはコーセンボー(ホーセンボーと呼ぶ人がほとんどだった。または略してホーセンと呼ぶ人もいた)
【標準語不明】ウキガモまたはウキカモ(ニゴイの頭をしたカマツカ。図鑑には載っていなかったので、当時どの種であるかは特定できなかったが、今になって調べるズナガニゴイという魚に似ているような気もする)
【ムギツク】スミヒキまたはムギツク(どちらの呼び方もよくされていたが、スミヒキのほうが若干優勢だったかもしれない)
【標準語不明】ムギバイ(ソコバイという呼び方もあると聞いたことがあるが、どのくらい広く通じるのかは不明。ハエとモロコの中間のような魚。図鑑には載っていなかったので、当時どの種であるかは特定できなかったが、今になって調べるとゼゼラかコウライモロコという魚に似ているような気もする。そもそも特徴が薄いので、あまり思い出せない)
【アユモドキ】アユモドキ(かつては用水路にも大量にいたらしいが、今はすでに絶滅している)
【メダカ】メダカまたはゴマント(祖父は「メダカの別名は無え」と言っていたにもかかわらず、一方で「昔あ、メダカをゴマントいうて食べょうたんで」と言ったことがある。食材または料理名としての呼び方かもしれない。)
【ハス】ハスまたはオオグチ(昔はいなかったが、あるとき突然現れた魚らしく、漁師の間で自然発生的にオオグチという呼び名がついたという。その後、正式名称はハスであるという話が広まり、高梁川での呼び方もハスに変わっていった経緯がある。一時期は大量にいたらしいが、今はいない)
【カムルチー】ライギョ(タイワンドジョーという呼び方もあると聞いたことがあるが、どのくらい広く通じるのかは不明)
【ブラックバス】ブラックバスまたはブラック
【ブルーギル】ブルーギル
【大きな二枚貝】カラスガイ(ドブガイやマツカサガイなども含めてカラスガイと呼ぶ)
【シジミ】シジミ
【タニシ類】タニシ(ただしカワニナはタニシとは区別される)
【カワニナ】カワニナまたはニナ
【モクズガニ】カニまたはカワガニ
【小型のエビ類】エビ
【テナガエビ】テナガエビ
【アメリカザリガニ】トーチカまたはザリガニ
【クサガメ】クソガメ(クサガメは誤りで、クソガメが正しい呼び方であると主張する人もいるほど浸透していた)
【ミシシッピアカミミガメ】アカミミガメまたはミドリガメ(大きく育って緑色でなくなっても、ミドリガメと呼ぶことがあった)
【スッポン】スッポン
【ウシガエル】ショクヨーガエル(食用の蛙という意味の一般名称ではなく、種名としてこう呼ぶ)
【カジカガエル】カジカ(おそらく今はいない)
【ガ】ガ(昔はチョーリと呼んでいたらしいが、今は聞かない)
【黒い小さな水棲甲虫類】ミズスマシ(2cm程度のガムシなどを含む)
【大きめの水棲甲虫類】ゲンゴロー(おそらく本当のゲンゴロウではない)
【トビケラの幼虫】セムシ
【トンボやカワゲラのヤゴ全般】ヤゴ
【タイコウチ】タイコウチ
【ミズカマキリ】ミズカマキリ(あるいは本当のミズカマキリではなく、ハグロトンボのヤゴのことをそう呼んでいただけかもしれない)
【ホタル】ホタル(今はいない)
【カブトエビ】カブトエビ(川ではなく、田んぼに大量にいる)
【ホウネンエビ】タキンギョ(川ではなく、田んぼに大量にいる)
【ヒル】ヒール
【水草や藻類全般】
【イバラ類】グイ
【ヌートリア】ヌートリア
【カワウ】
【サギ類】サギ

高梁川のあたりで見かける(あるいはかつて見られたらしい)典型的な生き物で思いつくのはこのあたりです。

このほかにも、誰も名前を知らない種類の小魚がいくらか存在しており、そういう魚は大抵「ジャコ」と一括りに呼ばれていました。当時図鑑で見比べても同じものが見当たらなかったので、今となっては分からずじまいです。

おわりに

下は、僕が高校生のときに描いたスミヒキの絵です。

画像1

真ん中に墨を引いたような黒い線が走っており、標準語名のムギツクよりも方言名のスミヒキのほうが、よく似合っていると思います。

スミヒキは1帖の網に何十匹もかかるので、当時はありふれた魚のつもりでしたが、祖父は数年前に死んで漁具も舟も漁場も人手に渡ったので、もうこの魚と会う機会は一生ないかもしれません。したがって、「スミヒキ」という名前を口にすることもないかもしれません。

この魚を「スミヒキ」と呼ぶという情報はネットでは見当たらないので、誰かが使い続けてあげなければ、この魚が持ちつづけてきた「スミヒキ」という名前はまもなく消えてしまうわけですが、せめて高梁川の漁師の間にはこういう独自の呼び方がある(あった)という記録だけでもネットの世界に残しておきたいと思い、今回のような記事を書きました。

おしまい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?