【断片小説】東京の術師たちの物語14

 俺は気づくと地面に倒れていた。どこだかわからないが、どこなのか気にする余裕もないくらい気持ち悪い。吐きたい。頭痛もするし、酷い二日酔いのようだ。
 俺は必死に頭を上げて天井が回るような視界で周囲を確認する。よく見えないが、すぐそばには誰かがいる気配がした。
 しばらくしてようやく周りの景色が入ってきた。焦茶の木目のフローリングに黒いテーブルが見える。奥の方にはスキップフロアで一段上がっている。その奥は明るい。火でも灯されているのか。
 ん?奥に黒く揺らぐ影が伸びている。奥に誰かいるのか…?
 よく見ようと体を起こそうとした時。さらなる吐き気が襲ってきた。
「ぅぉぉぉえっ、う"…っ…」
 二日酔いになっても吐いたことがないこの俺が、嘔吐など…してしまった。しかもよくわからない場所で。公衆の面前かさえも不明だ。やってしまった。不甲斐なさを痛感していると上から声がかかる。
「だから目を閉じろと言ったんだ。」
 低くて、微妙に温かみがあるが鋭い声が聞こえた。この冷静で偉そうなもの言い。俺に刃を向けやがったあのムカつく野郎、四戸のようだ。
 俺は直前まで嘔吐していたのも忘れて顔を上げると、腕組みをして俺を見下ろしていた。無表情だ。冷たさも疑いも何も読めない目に俺は恐怖を感じた。そこでコイツが俺に何をしたのか記憶が蘇る。
 そうだ、俺はコイツに人質に取られた。喉元に刀を突きつけられたんだ。
 とっさに後退り、首に触る。刀を突きつけられたところに傷がないのか確認した。その様子をみていた四戸は無表情のまま俺を見て口を開いた。
「切れてない。安心しろ。」
 その言葉に安堵するも、コイツが俺を人質に刃を向けたことには違いない。警戒して四戸を見ていると大きくため息を吐かれた。そのままどこかを指差して呟く。
「顔洗ってこい。」
 ゲロったから洗面所に行って綺麗にしてこいということか。
 このままでは俺も気持ち悪いので、なんとか立ち上がり一旦四戸が指さす方向に向かった。
 顔と口を冷たい水で洗う。今季節的に秋で冬が近づき寒くなってきているが、具合が悪い時の冷たい水は気持ちいい。一気に落ち着いてきた。
 俺は洗面所の鏡に映る自分の首を確認する。傷はつけてないと言ったが、四戸は信用できない。自分の目で確かめて見たが、一応、傷はないみたいだ。
 だが俺に刃を向けて人質に取りよく分からない場所に誘拐したのは事実だ。数時間前まで一緒に行動していた人間が身分詐称していたなんて。軽く人間不信になれそうだ。ふと、誘拐される直前係長に言われたことを思い出した。
“四戸凛という術師は宵業に存在しない上に、どこの宮廷にも仕えていない。“
 係長の言葉と俺が誘拐された事実。俺が先ほどの場所に戻れば四戸という得体の知れない敵と対峙することになる。
 瞬間移動の術を持つ四戸だ。奴の術に関してはその情報しかない。それだけでも十分厄介だ。背後なんていくらでも取られる。フルオートで発動する結界を自分にかけないと…戦略とも言えない作戦を立てて俺は奴の場所へ向かった。

 俺は意を決して先ほどの場所に戻ると四戸がテーブルに紙を広げて何かを見ていて呆気に取られる。俺が登場した瞬間に何かを仕掛けてくると予想していたからだ。とりあえず様子を伺うために周囲を見回すと先ほど俺が吐いたところの床は綺麗になっている。四戸が片付けたのだろうか。俺が部屋をキョロキョロ見回していると四戸がこちらに気づいた。
「落ち着いたか?これを見てほしい。」
 お陰様で落ち着いたけども。見てほしいってなに?
 俺はまた混乱する。さっき顔を洗って冷静になり、四戸どう対峙しようか腹を括ったのに。俺は思わずツッコミを入れてしまう。
「あのさ、人を脅して連れてきておいて何普通にしてんの?やめてくれる?!サイコパスか?!」
 四戸はキョトンとした顔をした。
「…お前を脅したことなどないが?」
 真面目な顔で言いやがった。俺に刀を突きつけてたくせに。俺はテーブルに置かれている、おそらく俺が突きつけられた懐刀だろうものを凝視した。
 四戸は俺の視線でようやく気づいた。
「あれはあの場を逃げるための演技だろ。」
「演技?何も聞いてないが?いきなり刀突きつけられて、ああ、演技か。てなるわけないだろ!俺はお前と以心伝心なんてしてないの!してたとしても気持ち悪いから!何か事を起こすなら事前に言えよ!?」
 怒りが込み上げ、思わず捲し立ててしまった。しかし、何も悪びれていない四戸は変わらず真顔でこちらを見つめてくる。その態度に俺はまた言葉がが口をついてしまう。
「逃げたいなら一人で逃げればいいだろ!俺を巻き込むなよ!」
 しばらく黙って俺の喚く声を聞いていた四戸が口を開く。
「もともと、お前をここに連れてくるのが目的だ。」
 唐突に訳のわからないことを言う四戸。
 目的?俺を連れてくる?じゃああの火災事件の捜査はなんなんだよ?ていうかここどこだよ?お前はなんのために動いてるんだよ?
 あらゆる疑問が一気に渦巻き脳内がキャパオーバーになると言葉を音にして出すのは難しいらしい。俺ははようやく口から言葉を押し出した。
「…お前、何者だ。」
 四戸は俺の目をまっすぐ見つめて言う。
「四戸凛。九曜会第二客、四戸家の正統後継者だ。」
 九曜会。普段あまり聞かない組織の名前だ。簡単に言うと術師の大御所が集まる会。俺のような無名術師にはほとんど関係のない組織。かろうじて、妖霊部の部長が所属している程度のつながり。むしろその程度しか知らない。実際どんな組織なのかさえ不明だ。
 四戸はその組織の客員だと言う。しかもコイツ今、四戸家って言ったか?家に客員称号が与えられてるって事?え?つまりコイツの家は名家?
 ますます混乱している俺をよそに四戸は続ける。
「とにかく、俺は九曜会の第二客、お前は一客。やっと正式な旧家が揃ったんだ。お前がしっかりしてくれないと今までの俺たちの計画がパーだ。」
 目の前の男が何を言ってるのかさっぱりわからない。今コイツ、“お前は一客”って言ったか?俺?一客ってなんだ?ん?今なんの話してたんだっけ?
 俺の頭は完全にキャパオーバー。明らかにメモリ不足で重くなっていた。
 そして後ろから誰かの声が聞こえてくる。
「凛、きちんと説明してあげなさい。工は何も知らないのだから。」
 凛とした澄んだ神々しい声。どこかで聞いたことがあるような気がする。俺は声の主を確かめようと振り返った。
 綺麗なロングのブロンドが高く結えられ、着流しの衣を着ている人がいる。人?存在そのものが神秘的で思わず見目が離せない。まるで神様そのものと対面しているような感覚。この感覚、どこかで体験したような。デジャヴか?
 俺が眼前の人間とは思えないほど綺麗すぎる人物に釘付けになっていると、四戸がその人物の名前を呼ぶ。
「宵月様、あなたが今出てきたら余計ややこしくなります。一度お引き取り願います。」
「私の工だ。会いにきて何が悪い。」
 俺の目の前で言い合いを始める二人。呆気に取られながらも四戸の言葉を思い出す。“宵月様”。以前にも聞いた名前だ。おそらく、四戸が俺の部屋に不法侵入した時に突然現れて去っていったあの男。それが誰なのかは俺にはわからない。
 

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