【断片小説】東京の術師たちの物語⑩

 スピード超過に信号無視の危険運転をしてたどり着いたのは火焔宮。いきなり核心をついていくのか?宮殿が絡むならもっと外堀から攻めていかないと。もし間違いがあれば俺たちは後がない。立場どころか命がかかってしまう。
 車を降りて火焔宮の扉へ向かおうとする四戸を俺は呼び止める。
「四戸!待て!待て待て待て!」
「なんだ?」
 鬱陶しそうにこちらを振り返った四戸は腕を組んで俺を見てくる。一応、話は聞いてくれるようだ。
「なんで火焔宮?俺たち誰に会いに行くの??火の気を引く術師の容疑者なら渡邉以外にあと2人いる。1人は火焔宮の使用人だがもう1人は一般人。先に一般人の方から話を聞くべきだろ?」
 俺の言葉に四戸は無言で懐から紙を取り出して俺によこした。
 その紙は何やら手紙のようで短い文章が書かれてある。筆で。
「────同胞 四戸凛太郎が天に召された。令和五年十月十八日正午より貴殿の術式にて荼毘を執り行う。家族葬のため参列は不要。指定の日時に焼却せよ…これ───」
 紙に書かれてあるのは、四戸凛太郎、つまり四戸凛の親父を焼けという指示。そして左下には火焔宮の印。なんだこの指示書は。
「これ、どこにあった?」
「渡邉の部屋。」
 いつの間に?まさかあの喧嘩の後一瞬で姿を消したのは怒ったからではなく、渡邉の家を家宅捜索するため?どうやって家を知った?免許証で住所を確認したか?だから免許証が財布になかったのか?あのカード入れの一枚分不自然に空いていたのはコイツが免許証を抜き取ったから?
「お前、勝手に免許証抜き取って家まで荒らしたのか?」
「お前は巻き込まれた女性の手当てをしていたから先に見てきただけだ。その方が効率いいだろ。」
 捜査官が聞いて呆れる。証拠品に勝手に触れ持ち去り、不法侵入して家のものを勝手に持ち去ったのか。とんでもない奴だと俺は引いていた。
 だだ四戸はそれが当然と言わんばかりの態度だ。
 一応、曲がりなりにも刑事である俺は怒りたい欲を抑えて、とりあえず目の前の紙に書かれてあることを確認する。
 手段はめちゃくちゃだが、これは呪符に次いで重要な手掛かりになるものだ。
「これ、火焔宮の者が出した手紙だよな?宛名は渡邉で合ってるのか?」
「間違いないだろう。渡邉の足裏には火焔宮の刻印があった。その手紙と同じ。」
 コイツは渡邉が倒れた後に足の裏を確認したのか?抜け目のない。
 渡邉の足裏に火焔宮の刻印があったとなれば、残る容疑者のうち火焔宮により関係がある者が怪しくなる。だからここに来たのか。
 だが、手紙の内容が気になる。

「同胞ということは、お前の親父は火の気を引く術師だったのか?」
「いや、親父は火の気を引くどころか、ただの一般人だ。」
「じゃあ、火焔宮に関わる何者かがお前の親父を殺し、その証拠を隠すために渡邉を使ったのか?」
 だが、火焔宮に関わる者が火焔宮の関係者に依頼をするなどあり得るのか?
「もし火焔宮の者がお前の親父を殺したとして、その証拠隠滅を身内に頼むか?他の気を引く、全く無縁の者に頼む方が身元が割れないだろ。」
「俺も同じことを考えていた。あの現場で火災があり、親父は燃やされた。これだけでも火の気を引く術師の仕業だとわかる。そこにわざわざ、わかりやすく火焔宮の刻印が付いた人間や手紙が出てくるのは逆に不自然だ。さもそう思い込ませたい人間が別にいるように。」

 それはそうだ。現場にあった焼け焦げてかろうじて残った呪符の切れ端にあった刻印。俺はそれをたどって火焔宮に関係がある者が関わっていると踏んだ。呪符は燃え尽きてしまうため刻印が残らないと思っていたとしても、わざわざ証拠が残るような手紙を他人に送って指示を出すだろうか。
「と言うか、火焔宮の関係者名簿に渡邉はいなかった。でも奴の足裏には刻印があったんだよな?」
「火焔宮にとって渡邉は隠したい存在だったのかも。訳があって破門したか。」
 
 そこら辺も考えると、隠したい人物に焼却を依頼して足がつくような手紙を送るのは不自然だ。
「陽動か…。遺体の部屋にあった燃えていない呪符には刻印が無かったが、あれはどこの呪符かわかったのか?」
「わからん。それを含めて渡邉のことも今から火焔宮に聞きに行くんだ。」
 ああ、そういうこと。火焔宮の術師に容疑者がいると言うよりは、火焔宮が利用された可能性があるから、心当たりはないかとあの呪符を見せて確認してもらうのか。
「なんだよ。それを先に言えよ。」
 
 四戸は火焔宮である神田明神の鳥居の前に立ち、鳥居に張られた結界へと手を触れる。
 四戸が触れた部分から火が揺れるように結果の表面が揺れる。そして飲み込まれるように四戸の身体が結界の中へと入っていく。
 君の悪い光景だが置いていかれても困るので俺も同じように後へ続く。結界に触れるとほんのり温かさを感じた。
 結界を通ると目の前には先ほどとは打って変わって火焔宮があった。いつも参拝する神田明神の姿ではない。
 俺は神田明神には参拝したことはあるが、火焔宮に足を踏み入れたことはない。
 朱色をメインにした宮殿に金が散りばめられ、力強さが伝わってくる。
 石畳の参道を四戸の後に着いて歩く。
 四戸は門番に来訪の旨を伝えると門が開かれ、光沢のある白い布に赤と金の刺繍が入った高級そうな袴を着た男が現れる。

 気を察するに、火焔宮に仕える術師だろうか。凛々しい顔立ちをした男は四戸に声をかける。
「お前が妖霊部のか?」
「いえ、妖霊部の刑事はこちらです。」
 四戸はそう言って俺の背中を押して男の前に出す。いきなり妖霊部だと聞いてくるあたり、四戸はアポ取する時に勝手に俺の名前を使ったな??
 宵業の名前を出せばいいものを。急に出されても困る。アドリブには弱いから。だが自己紹介くらいすべきだよな。
「私は警視庁妖霊部の丹糸工です。本日は“2日前に起きたある事件”について伺いたく、こちらに参りました。」
「…俺は火焔宮の術師、柘紅炎。で、お前はどこの宮の者だ?」
 四戸を見ながら柘は聞いた。今流れるように俺から四戸へと視線が切り替わった。にしても…どこの宮?火焔宮以外の宮殿から来たと思われているのか?宵業に宮など無いだろうに。
 俺は口を閉ざして四戸を見守っていると、四戸は聞きなれない宮殿を口にした。
「空宵宮だ。」
 空宵宮?どこにあるのそれ???そんな宮殿あったっけ?
 俺は記憶を漁ってみたがそんな言葉は一度も聞いたことがないが、どうやら柘は聞き覚えがあるらしい。
「空宵宮?まさかスカイツリーのか?」
「ああ。」
 スカイツリー???俺たちがさっきいたところ???そこに宮殿なんてあったの???
「じゃあお前は、主人がいない宮殿に仕えているのか?哀れだな。」
 柘は四戸を馬鹿にしたように笑う。俺は意味がわからず混乱する。四戸って宵業じゃないの?宮仕えの術師だったの?
 俺が混乱していると嘲笑う柘の目は俺に向く。
「どちらも無名の術師に変わりはないな。」
 すげー上から目線じゃん。四戸よりムカつく。何?宮殿に仕える術師ってみんなこんな奴なのか?俺の中で宮仕えの術師たちのイメージが下がった。
 着いてこいと一言だけ言って柘は颯爽と歩いていく。
 正直、コイツに着いて行くなど全くもって乗り気ではないが、大人しく従うことにした。じゃないと事件の真相に辿り着けんし。

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