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【小説】世直し一揆クリスマス


01.愚か者メロス


12/24 この日、恵比寿ガーデンプレイスには雪が降った。遠目から見た人々は時期柄浸る事も出来たことだが当事者達は災難でしかない。
実はこの雪、大勢の男達が降らしたのだ。否、彼らは犯人なのである。雪に見えたのは実は、マシュマロであり持参したそれを恋人達に投げては投げ更に投げた。まるでこれが本来の過ごし方の如く至極当然であり文化であるかのように
「ホワイトクリスマスだ!」と茶々を入れる阿呆も居た。他にも多数の罵詈雑言、非難轟々の嵐が局地で発生していたが私からは、とてもではないが口にすることは出来ないような恐ろしい言葉ばかりが飛び交っていた。
そんな阿呆軍団の先頭で変質者の如く格好で誰よりも志は高く身長は低い男こそこの物語の主人公である。名を、メロスと言う。

メロスは用意周到な男であった。今年こそ恋人と過ごすのだと。
しかしメロスの恋路はことごとく失敗するのであった。
メロスには恋愛が分からぬ。メロスはただの一般男性であるが皆様のためにどんな人間だと説明をすると、映画イエスマンに主演しているカールアレン(ジムキャリー)のような男であった。
わからない方のために説明をすると、カールは友人に誘われてセミナーに参加する事にする。そこで主催者に言われたのが
「カール、君は今後人からのお願いや頼みに返す言葉はただ1つ。何を言われてもYESと答えなければならない」
騙されたと思ってやってみろと脅迫紛いのアドバイスを大人数の前で受けるハメになり納得いかない様子だったが凄みに押されYESと答える人生を歩むことにする。不思議と人生は豊かな方向に転じていくというものである。つまり、メロスは令和のイエスマンなのである。
更に分かりやすく言うと、彼は死ぬほどいい奴だったのである。

、メロスには好きな女性が居た、彼女はよく本を読む女だった。
メロスも随分な読書家だったため、打ち解けるのに時間は掛からなかった。
電話や喫茶店で女と過ごした時間を考えるとメロスの心が彼女に惹かれたことは言うまでもない。
しかし彼女はメロスの他に好きな男がいたのだ。メロスはそのことを知った上で女と友達以上の関係を求めたのだが、いつの間にか女からの連絡が遅くなり薄々気がついていたのだが、メロスは察することから目を逸らし続け案の定、失恋に終わる。
、次に出会った女は年上の女であった。
彼女はメロスの話をいつも楽しそうに聞いてくれた。あまり身の上話をしない女だったが、女の言葉や感受性に惹かれ何よりも時折見せる言動や趣向に親近感が沸いて惚れることになる、しかし、それも失恋に終わる。
女はメロスのことを恋愛対象として見れなかったのだ。
年齢だけはどうにもならぬのだ。メロスは少し大人になった。
そして、二つの失恋はメロスを堕落させるには十分過ぎる理由だった。

02.居酒屋新世界

「ケーキ屋とチキン屋が売り上げを伸ばすためのイメージ戦略に屈していいのだろうか?世の中が間違っているとまでは言わないが、恋人達のための日に変化している結果、独り身の我々への風当たりが強くなるというものだ」
一口目のビールはなぜあれ程美味しいのに、二口目以降はこうも不味くなるのだろう。しかしあの一口目には二口目以降の不味いビールを飲まなければならぬ以上の価値はあると思う。マッチングアプリで1度電話しただけ、会っただけでそれ以降やり取りをしなくなる人間は何を考えているのだろうか。最低でも二回は会うべきだろうと私は思いながら残ったビールを飲みほした。
居酒屋新世界は渋谷にあり若者から大きな支持を得ている大衆居酒屋の一つである。隣の会話に飛び入り参加しても何もお咎めが無く、むしろ歓迎までされる場所。これこそ大衆居酒屋の醍醐味であろう。男女で卓を囲んでいる光景が目に入ると少し羨ましく感じるがそんな時は男性同士で盛り上がっている方へ目線を動かす。そんな私の子供向けプールの如く浅い考えは目の前の男にすべて透けていることだろう。
「アプリの人とまた1回のデートで終わったのか・・あれはノリと勢いだと言っただろう・・どれ、やり取りを見せてみろ」
嫌そうな顔の私を全く気にする事もなく私の手からスマホを奪い取る彼は
容姿こそ整っているが、人を人として見ていない堕落した人間である。
容姿に関してはモデル並みであり100人が彼のことを見ても口をそろえて褒めるだろう。彼とは同じ大学に通っていたのだが、大学初日の午後から女性を連れまわしていた事には驚いた。そして一週間後には別の女性が横に居た。一体その甘いマスクで何人の女性を泣かせてきたのだろうか。
名を、ニヒルと言う。
「自分で気づかねばならぬこともある。しかしだなメロス、俺はお前はそのままで良いと思う」恋愛指南をすることもなく褒めているのか笑っているのか曖昧な顔と返答で私にスマホを返した。酒が入っていることもあり私は少し愚痴を零す。
「お前はそのままで良いと何年も言われ続けてきた。私は私の性格や感性を自分で言うのも恥ずかしいが素晴らしいと思っている。しかしだな、年月が証明しているのだ。そろそろ変わればならぬ時が訪れたのかもしれないと薄々気が付き始めた頃だ」弱気になった私にニヒルは励ましや、同情してくれたが気持ちが落ち込んでいる時にはどんな言葉も響かないモノである。
渇きの特効薬はただの一つ異性との出会いや交流である。そんな私の渇きのことなどいざ知らず、遅れてもう一人の男がやってきた。
「Hohoho!」異国の挨拶をする彼は、赤と白の衣装を纏っていた。私たち以外の店内客は目が釘付けになったことだろうが、私とニヒルは動じず彼が座るため座席を奥に詰めた。彼は楽しく生きる事を第一に考えている。同性からの人望は非常に厚く、毎日のように遊び歩いている。この衣装も何かしらの催し事の帰りだったのだろう。
名を、ヤハウェと言う。
「中々風情がある格好じゃないか」ニヒルは言う。
「今の時期しか出来ないことはやっておいた方がいいと思ってね」
ヤハウェは私が先ほどまで座っていた席に大きな白い袋を置いて
ニヒルの隣に座った。
「ところでメロスはいったいどうしたんだ。元気か?」
「時期柄人恋しくなり急遽様々な事に手を出してみるも全て完敗。山月記の虎の如く山奥に引きこもりたいとぼやいているのだ放っておけ」
「なるほどな・・それなら尚よし!楽しいことを考えようじゃないか。メロスも一緒にマシュマロをどうするか考えてくれ」
一体どういうことだ?と私は顔を上げヤハウェに体を向けニヒルも彼の話に興味を持ち話の続きを聞こうとした。
「ここに来る前に近くでプレゼント交換会を開催したのだがな、モテない男を集めたことが悪かった。プレゼント袋から出てきたのは全部マシュマロだったんだぜ。こんなことあるか普通?幹事の俺が責任持って余ったマシュマロを回収したが、どうするか悩んでいる所なんだ」白い袋に目を当てる。
「袋の大きさのわりには、軽快に持ち運ぶモノだから本物のサンタかと思っていたぞ。夢を運んでいるのだとな笑」
「サンタが配達の打ち上げに大衆居酒屋に来るわけないだろう本物のサンタは今頃、自分の家で子供から貰った手紙を読みながらホットミルクを飲んでることだろうよ」ヤハウェの少年少女の夢を壊さない模範的な返しにニヒルは笑っていた。ヤハウェとニヒル正に対極に位置する人間である。二人の会話を聞きながら私は、サンタの家と言えばフィンランドだなそういえば、いつか行ってみたかったんだよなと一人で物思いにふけていた。考え事は子供時代にまで飛躍していた頃1つの妙案を思いつき、すぐに彼らに説明を始めた。二人の会話遮るようで悪かったがこの案を実行するには少々急がねばならなかったのだ。
「ヤハウェにニヒル、話を遮ってすまない。私に作戦がある」
作戦を要約すると渋谷駅から山手線に乗り恵比寿駅へ向かう直通の恵比寿スカイウォークを通り本丸であるガーデンプレイスへ向かう。
そこで有象無象の恋人達にマシュマロもとい、2023年今シーズン東京にて初雪を観測させるのだ。「ホワイトクリスマスのプレゼントである」
「人の困る顔は大好きだ。乗った」
「面白いことは好きだ」
二人の了承を貰った私は声を上げたのであった。
「男性同士で酒を飲みあう同志諸君!今年こそはと恋人と過ごすために入念に用意や根回し、外堀を埋めて来た者も多いだろう。内心穏やかでないその心は渇きを求めている。しかしその渇きは、アルコールやドリンクの類では潤すことは出来ない!!我々に必要なのは、異性との出会いか?関わりか?否、いま恋人と過ごしているあいつらを陥れることだろう!ここに、大量のマシュマロがある。これを幸せな時間を過ごしている恋人達に我々サンタからのホワイトクリスマスをプレゼントしようと思う。
石を投げ我々の声をあげるのだ!クリスマスに恋人が居ることがそれほど偉いことなのか?これは革命である。最後に、この時期のインスタは非常に危険な為、見ることはオススメしない今日この日に限っては鋭利な刃物となり我々に突き刺さることだろう」
演説が終わると地響きのような歓声が上がった。酒に酔っている人間というのは実に恐ろしいものである。私はノリと勢いで生きているような彼らから名物の焼き串を口に放り込まれ非常に危険な状態となる。落ち着いて咀嚼に専念しつつ辺りに目を配ると私が羨ましがっていた男女グループはいそいそと店から出て行ったのが見えた。心の中で謝罪の念を送ったが届くことはないだろう。

03.メロスは激怒した

時刻は既にディナーが終わりいわゆるこの後どうする?二件目行く?といったいわゆるいい雰囲気になってきた頃、渋谷一帯でマシュマロを買い占めるという暴挙が行われていた。幹事や進行に慣れているヤハウェに一旦全て一任した。彼の携帯はひっきりなしに鳴っていたがおおかた購入状況や報告の電話だろう。少し時間がかかりそうな事を見てニヒルは一服しに行ったようだ。私も寒さに耐えれず缶コーヒーを求め少し歩くことにした。寒い夜というのは、どうもこう浸りたくなるのだろうか。数年前までクリスマスは好きだった。恋人が居る居ないではなく街中の全員が笑顔になってしまうようなそんな雰囲気が好きだった。読書好きな女とクリスマスを過ごしたらば、プレゼントはきっと絵本を送りあうのだろう。歳を重ねるたびに1冊また1冊と増えていき二人の子供たちがその絵本を読むのだろう。年上の女と過ごしたら朝からお家クリスマスの準備に勤しむことだろう。一緒にオーナメントを飾り付け家中華やかにし終えたらちょっぴり豪華な食材を求め普段は立ち寄らないような店舗に足を踏み入れることだろう。そして共に料理し素敵なディナーを楽しむ食事は一瞬だとしても思い出は永遠に残り続けお互いジジイとババアになった時に非常に良い思い出となることであろう。我ながらなんて悲しい妄想なのか。出会った彼女達は何も悪くないが今日くらいは許してくれ。単純明快、私は八つ当たりがしたいのだ。
ニヒルもヤハウェは私の帰りを待っていたようだ。準備万端あとは恵比寿駅からスカイウォークから真っ直ぐガーデンプレイスへ向かうだけである。
しかし、ここで問題が起こる。ヤハウェが我々にサンタの衣装を用意したのだが、2着のうち1着はミニスカサンタの衣装であった。勿論しっかりと肩は出ているタイプである。駄々をこねる男とは見てる分には面白いが当事者は最悪な気分であろう。私とニヒルで男気じゃんけんを行った結果ニヒルがミニスカサンタを履くこととなった。苦虫を嚙み潰したような顔のまま何も言わなくなったニヒルを見て私は、乗りたくない絶叫系アトラクションに対して友人Aが「せっかく来たんだから記念に乗ろう!」と友人Bが「乗ってから考えようぜ!」友人Cと私が押し負け「乗るか・・・」その後のアトラクションからは今まで聞いたことないような叫び声が園内に鳴り響いたそう。
話を戻すが、今回ミニスカサンタを着るのは私でない。そのためとてもいい気分でニヒルのことを面白半分で眺めていた。ニヒルは覚悟を決める前に一服させて欲しいと言い喫煙所へ消えていったがそれから5分後私の携帯がバイブしたため確認する。今や公式アカウントと家族グループからしか通知が来なくなってしまったアプリからの新規メッセージがあるとの通知であった。
ニヒル「サンタのオヤジによろしくな」
瞬間メロスは、激怒した。極悪非道無責任ヒーローこと、ニヒルに石を投げなければならぬ。

04.恵比寿ガーデンプレイス

それからというものはこっちの方が面白いからとヤハウェにミニスカサンタ衣装を着せられ恵比寿ガーデンプレイスへ向かった。ミニスカサンタの衣装を纏う後ろには有象無象の男たちがその時を今か今かと待ち焦がれている様子であった。盛り上がる彼奴とは裏腹に私は友に裏切られた事でやさぐれ半分。傍から見ていたヤハウェは当時のメロスはまさに機を伺う獣の様だったと教えてくれた。あんなにも恥ずかしい格好にも拘わらずマシュマロを握りしめ我先にとグングンスカイウォーク内の人込みをかき分け進む姿はまさに変質者と呼ぶに相応しくシラフであれば友人だろうが是非とも5m以上は離れて歩いて欲しいと思う。ところで、スカイウォーク内には左右に動く歩道があるのだが恋人達は動く歩道へ、我々は動かない歩道へ見事綺麗に分別されていた。彼らには恋人、友人、その他諸々人生を豊かにするための荷物を両手いっぱいなのだから動く歩道上にいるのも当然なのだが、今の私には、それすら自身を奮い立たせるための燃料となりうる。何も荷物が無いというのは、縛るものもないということだ。失うモノが無い人間ほど怖いものがない。我々の両の手にあるのはマシュマロのみ。荷物が多い彼らより身軽に動けるのは当然である。私の姿を見て悲鳴を上げる者、目をそらす者、総じて「愚か者め」令和になってから日本も多様性を認めねばならぬと変わりつつある。いつまで平成に取り残されているのだと説教してやりたい。
じきにスカイウォークも終わる。機は熟しつつある。煌びやかなイルミネーションや雰囲気よさげににこやかに歩く恋人達がはびこる恵比寿ガーデンプレイスへいざ行かん!

12/24 この日、恵比寿ガーデンプレイスにはマシュマロが降った。遠目から見た人々は時期柄浸る事も出来たことだがあいにく彼らと出くわしてしまった恋人たちは災難でしかなかったことだろう。
メロス達がガーデンプレイス内になだれ込み数分もしない内に警備員がやってきた。ヤハウェは「撤収!撤収!」と叫びそれを聞いた仲間たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「東京は雪が降るだけで大騒ぎしすぎだ!」と茶々を入れる阿呆も居た。他にも多数の罵詈雑言、非難轟々の嵐が局地で発生していたが私からは、とてもではないが口にすることは出来ないような恐ろしい言葉ばかりが飛び交っていた。
そんな阿呆軍団の先頭でミニスカサンタの衣装を纏い誰よりも目立ってしまい大量の追っ手に追われてしまい恵比寿ガーデンプレイスから逃げるように去っていった男こそこの物語の主人公である。名を、メロスと言う。

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