『唯一愛した女性』-出逢い編-

もうカミングアウトをしてから18年近く経つ。

ここまでくると初めて会う方でも、十中八九、僕がゲイだということが事前に耳に入っているので、それはそれでラクでいいが、「いつからですか?」とか「女性には本当に興味ないんですか?」とか、未だに聞かれることが多い。
幸い僕は"自己開示欲"の高い人間なので、同じような話をこれまで百回以上してきたと思うし、そこで受ける軽い差別も含めて、それはもう慣れた。

こんな僕でもだいたい「五年に一度」くらいの頻度で、振り返るほどの美女に出くわすことがある。六年程前に西梅田の中央郵便局跡地でたまたま見かけた女性は本当に美しかった。「あぁ、こんな女性を”横に置いたら”男としての価値もきっと上がるんだろうな」と、フェミニズムとは真逆の発想をハッとさせてくる女性。僕にもそんな感情があったんだと思わせられる女性。ただ、セックスはしたくない。

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正月に実家に帰り、かつての自分の子供部屋で漫画を読むと、昔を思い出す。音楽や漫画とは本当に不思議で、それに触れると一気にその時間に引き戻される。

そして20年前。僕が唯一愛した女性のことも、同時に思い出す。

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1999年。


「2000年問題」を目前に控えた混沌とする世の中で、僕は目指す進学校に入れた。でもどうせ世界は滅びそうな気がしていて、むしろそれを望んでいたのが当時の高校生の大半だったと思う。
僕は特にやりたいことなんてなかった。「制服がブレザーだったから」という理由だけでほぼ選んだような高校。

当時の僕に、意志なんてものはなかった。

中学では吹奏楽部でトランペットを吹いていたけど、急遽歯の矯正をしなければならなくなり、途中からパーカッションに異動させられ、僕はその時点で吹奏楽そのものへの愛を無くした。高校に入るとどこから聞き付けたのか、田舎の情報は狭いからそこが本当に嫌いなのに、高校の吹奏楽部から「ぜひうちに入部してほしい」というオファーがきたが、入る気なんて更々なかった。むしろなるべく距離を遠くとりたかった。

なんでもよかった。どうせ、2000年に世界は隕石か何かで滅びるのだから。何部でも、どんな成績でもよかった。ノストラダムスだけは前向きに信じていた。

既に"男性への気持ち"は芽生えていた。でも当時の僕といえば、田んぼの真ん中にある実家と、そこから自転車で5分の高校を行き来するだけ。それが僕の世界。同性愛だのなんだのなんて、それは存在し得ないかもしれない"怖い世界"。化けや霊のように、"見てはいけないもの"は見えない方がいいのかもしれない。
僕は病気か精神異常者か霊のような存在になりたくなかったし、それよりもノストラダムスをただただ信じる方が、どれだけ気持ちが楽だったか。

時代はやっと、カラー液晶の携帯電話やi-modeが出始めた頃。そんな高価なものを持てる高校生なんてクラスのスターで、みんなその画面にかじりついて見ていた。主なやりとりは電話かショートメール。情報なんてまだまだ狭かった。今思うと平成版「三丁目の夕日」みたいな世界観だった。みんなが狭くて、密で。でも僕はそれが大嫌いだった。

今日も田んぼから出てきた蛙が、道で車に轢かれて死んでいる。

早く世界が生まれ変わることを僕はただただ待つしかなかった。



どうやら僕は母のお陰である程度は"美形"に産まれたようで、隣の高校の生徒からも「メル友になってもらえませんか?」みたいな話を沢山もらった。商業高校の文化祭に行けば、中学時代の友人が勝手に知らない女子を僕にくっつけようとしていた。

どうでもよかった。近々世界は滅びるんだから。メル友にはなったし、付き合ってもよかったけど、逆に付き合う理由もなかった。僕はただ暇潰しで女子とメールをしていたし、たまにコクられては、返事もろくにせず、一日は始まることなく終わっていった。

そんなこんなで一年生も後半になっでもダラダラと過ごしていたら、同じ高校で友達になったアグレッシブな女子から「暇してるならうちの部においでよ!今週末、ジャージだけ持ってきて!」と言われ、無理やり連れ出された。僕は「ワンダーフォーゲル」という単語さえ知らなかったし、何をする部かわからず週末にジャージで高校に行ったら、いきなり顧問の先生の車で山に連れていかれた。

木々に囲まれた少し広々とした場所に、続々と集まる他校生達。みな重たくて長そうなものをかついでいる。そこで何をするかと思ったら、なんといきなり「まもなく大会を始めます」というアナウンスと共に"テント張り大会"が始まった。

「手伝って!」とそのアグレッシブな友達が言うので渋々前に出る。「この杭を打ち付けて!はい、ハンマー!」と鈍器を手渡される。こんなもの持ったこともないし本当に嫌だ!と思いながらも、周りを見ると他校の生徒達が手際よくかつ必死に杭を打ったり支柱を立てたりそこへ布を被せたりしている。僕はその勢いに圧倒され、逃げ出したかったが、ここは山。高校生ひとりの僕が自力で帰れるはずがない。
選択肢は一つ。ただ杭を打ち、初めてテントを完成させるまで帰れないという事実。

うちの高校のワンゲル部は創部したてだったので、みんなテントを張るのは本当にヘタクソで、遅いし、もう散々で、他の高校が張り終わっているのにうちだけ"ハリ"のないテントにまだ右往左往している始末。赤っ恥だ。結局、素人の僕が見ても明らかに不細工なテントは未完成のような形で終わり、審査員が各校のテントを審査?に見回っていた時は「本当に大会なんだな」と思った。無論うちはドベという結果に終わった。恥ずかしさだけが残った上に、その不細工なテントを即座に片付けまでさせられて、せっかくの休みの日になんでこんな無意味なことをしないといけないのか!と心から腹が立ち、総評と閉会式のときなんて本当にふてくされて黙りこんでいた。誘った友人を心から恨んだ。

でも、そんな山の中で僕は彼女と出逢った。

同じワンゲル部の"体験入部"に来ていた彼女と。

-つづく-

クスっと笑えたら100円!(笑)そんなおみくじみたいな言霊を発信していけたらと思っています。サポートいつでもお待ちしております。