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【書評】米屋尚子『演劇は仕事になるのか? 演劇の経済的側面とその未来』

※2017年度、大学2年のときに第8回明治大学図書館書評コンテストで特別賞を受賞したときの作品です。2020年4月24日現在、感染症を取り巻く状況を受けて、演劇業界は自宅で楽しめるようなさまざまなコンテンツを無料配信しています。ただ、それが受け手の倫理観によっては、ますます文化芸術が軽んじられないかという懸念があり、ここに寄稿します。(本来は明治大学図書館のサイトで読めるはずだったんですが、サイトリニューアルでリンクが機能しなくなっていたこともあり…)

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「演劇は仕事になるのか?」


演劇を志す人間にとって、これは永遠のテーマと言っても過言ではない。しかし、演劇はあまりお金にならないというイメージがあるし、そもそも演劇を仕事にすると言っても、明確な展望が見えないという人も多いと思う。評者もその一人だ。本書は、演劇が辿ってきた歴史を経済的な面から振り返り、見えづらいバックステージの現状を教えてくれる。そして、これからの演劇に何が求められているのか、演劇をどのようにビジネスにしていくのかを考えていく手掛かりとなった。


演劇が商業的に成り立つには、公演を打つためにかかる費用を、入場料をはじめとする売り上げで賄わなければならない。つまり、より多くの観客を動員する必要があるということだ。公演を打つためには、劇場設備のレンタル料、出演者とスタッフの人件費、舞台美術や衣装代など、多額の費用がかかる。それらを賄い、さらに利益を出すのが難しいことは容易に想像できる。

そこで、劇団などの創造集団は、観客を呼べる俳優やスタッフを集めたり、宣伝に注力するのに多額のコストがかかったりする代わりに、チケット代を高くして利益を得るという商業化の路線、または自分たちの金銭的な取り分は我慢して仲間同士で支え合うというやりがい重視の路線で運営してきた。


しかし、現場の努力だけでは限界がある。そこには行政との連携や、援助をする機構が必要だ。そこに目を向けると、仕事として演劇に関わる方法は想像よりも多様だということが分かる。さらに、演劇の力は教育や福祉、医療、まちづくりにいたるまで、様々な分野に応用可能であり、新たな雇用や消費にも繋がる。演劇の可能性は広がっているのだ。たしかに、演劇によって収入を得ることは必ずしも楽な道だという訳ではない。それでも、「演劇は仕事になる」と自信を持って良いのだ。それがいかに生産性を持つかは、これから社会に出る私たち次第だ。


今や映画や音楽、ゲームなどのデジタルコンテンツを無料で楽しめる時代だ。それに慣れ過ぎて、芸術に正当な対価を支払うのを渋る人が増えてきたように感じる。また、悪質な転売と知りながら、入手困難なチケットを高額で買うことも、経済的秩序の乱れを招く。このようなことが横行し続けると、やがて上質な芸術の制作は困難になるだろう。目先の利益にとらわれて、長期的に見ると芸術を殺していることに気付かなければならない。エンタテインメントビジネスのそういった面を理解し、芸術や娯楽を正しく享受するためにも、職業として演劇を志す人にはもちろん、そうでない人にも読んでほしい一冊だ。

kindle版もあるみたい。紙より安いのでそっちの方がおすすめかも。


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