遊羅-youra-

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無花果が実る頃

眩しい陽の光が瞼を照らす不快感で目が覚めた。時刻は正午を既に過ぎている。普通の会社員として働いていたら、午前中の仕事を終わらせて一息ついていることだろう。  覚醒したばかりの頭で、枕元に置かれているスマホを見始める。瞳孔から伝わる人工的な光に目を細めながら、慣れた手つきで通知を次々と確認していくうちに、もう既に起きてから二十分は過ぎていた。  まだ横になっていたいと駄々をこねる身体に鞭を打って、無理やり起き上がらせる。食事中、頭を空っぽにしてワイドショーを見る時間は、私が唯一

    • Colony-6-

      第六話 顔合わせ 浴場から三好さんと会話を交わしながら廊下に出ると、私は足元に残る汚れに目がいった。 黒いインクのような丸い痕がいくつも連なって、一メートル先まで続いている。 私の視線で汚れに気付いた三好さんは、持っていたキッチンペーパーを水で濡らし、さっと床を拭き上げた。 「このように、集団行動をしていると何処でどんな汚れがあるかわかりません。常に目を光らせて、綺麗に保つのが私たちの務め。特にここで働いていると、汚物や血痕はよく目にすると思いますので、慣れていくとは思い

      • Colony-5-

        第五話 不信感光輝さんに先導されて屋敷を一通り見て回った頃には、私の脳内はキャパを超えていた。 想像以上に広い館の中には、いくつもの部屋があり、とてもじゃないがすぐには覚えきれない。 光輝「ここが浴場。これで全部かな。まぁ、そのうち慣れるよ」 淡々と説明を終えた光輝さんが、数分ぶりに私に顔を向けた。 屋敷にきてすぐ、優しい笑顔を浮かべていた彼は、どこか不機嫌そうに腕を胸の前で組んでいる。 やはり彼も四条家の人間。 華怜様と同じように、かなりの気分屋なのだろうか。 光輝「

        • Colony-4-

          第四話 しきたり部屋に戻ると、三好さんは私を椅子に座らせた。 「まずはここで働くために、四条家について知っておいて頂きたいことが山ほど御座います」 給仕係の部屋の壁は、一部が黒板になっている。 その日にしなければいけない事、誰かに頼まれたことを忘れないように書き込める仕様だ。 白いチョークの音が、静かな部屋に軽快に響く。 私は彼の書く文字を必死で自分のメモに書き写していった。 「まずは第一に、私たちは華怜様の使用人でございます。華怜様の言いつけは絶対。どんなことでも歯向

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          第三話 面会主である華怜様の部屋は、この館の最上階。 三階までの道のりに、絨毯張りの階段が続いている。 外観からは少し年季が入っているように見えたが、館の中はとても綺麗に磨き上げられていた。 「潔癖症なもので、少しでも汚れていると落ち着かないのです」 確かに三好さんは、出会った時からずっと黒革の手袋をはめている。 素手で物質を触ることが、何よりも嫌いだと苦笑いを浮かべた。 静かに階段を上り切ると、長い廊下を進み、突き当りの部屋へ向かう。 扉の前で数回ノックをすると、三好さ

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          第二話 洋館「それにしても、判断が早くて助かります」 三好さんはそういって笑みを浮かべながら、私に顔を向ける。 あれから、すぐに彼の後を追いかけて仕事をさせてほしいと頼み込んだのだ。 決断の速さに驚きながらも、彼は大いに喜んでくれた。 自分でも、こんなにあっさりと決めたことに少しドキドキと胸を高鳴らせている。 これは新しい自分の未来を切り開くことへの緊張だろうか。 それとも、思い切ったことによる焦りなのだろうか。 答えは未だにわかっていない。 夜も更けていたことから、翌朝

          Colony -プロローグ-

          第一話 序章三好という男と初めてあった日の夜を、私は今でも鮮明に思い出すことが出来る。 細身でブランドのスーツが良く似合う背格好。 皺ひとつないシャツに、黒いネクタイがきっちり結ばれている。 真っ黒なネクタイには、よく見ると蝶の刺繍が同じ色で施されていた。 時々光に反射して、糸に使われているラメが控えめに輝きを放つ。 色白で整った容姿を、一本に結んだ長い黒髪が引き立てる。 どうみても、個人経営の小さな居酒屋では悪目立ちしていた。 常連の多いこの店で、多方面から視線が集まっても

          Colony -プロローグ-