『C』
「これはなんですか?」
「うえです」
「ちがいます、ではこれは?」
「みぎです」
「ちがいます、みぎではありません。こういうものは言葉では言えません」
と言われたところで
呼吸のための沈黙を置いた。
「それはランドルト環です」というべきだった。
私は片手をあげてCマークらしきものをつくった。彼女にはたぶん「C」に見えたはずだった。
「わかりますか?」と聞くと
「たくさんあります。わからないことのほうが」
と答えてくれた。
たとえば、手をにぎる。
そして、ひらく。
そのあいだにある動作も
呼び方がわからない。
無数の手のかたちがあって。
両手をズボンのポケットに入れて帰った。
自分の姿をガラス越しに見て
どっちが左手だったのか動かして確かめた。
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