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Monster Sweeper scrub episode Ⅰ「ニューフェイス【2】」

 廊下を戻り、格納庫にいちばん近いドアにたどり着くと、Aは「ここが共有ペースです」と言いながら、ドア脇のパネルに触れた。かすかなスライド音とともに部屋の様子がジュリアの目に映る。壁にかかっているスクリーンが、他愛ない日常番組をBGMのように低い音で流している。小さなダイニングテーブルとその周りに椅子が三脚、それから三人掛けのソファが無造作に二つ、離しておいてある。そのテーブルを囲むようにして、人が二人座っていた。一人はがっしりした肩幅の、大きめの青年だった。長めのとび色の髪を後ろで無造作に束ねており、彼女に向けてきた茶色の眼は思いのほか鋭い。そして、自分とはあまり相性が良くなさそうだと直感的にジュリアは思った。
『なんか、同じ匂いがするもんなぁ……』
 そう心の中で呟きながら、彼女は同じくらいの目力でその男を見返してやる。相手は少し驚いたようだったが、ジュリアはそれに構わずもう一人の方に視線を移した。
『こっちはまた……全然タイプが違うんだけど!!』
 だだ漏れの好奇心を隠そうともせず、きらきらした赤紫(マゼンタ)の瞳で自分を見ている彼……いや、彼女? いやいや女性隊員はいないはず……じゃやっぱ彼か。そう迷ってしまうくらい、彼は華奢で可憐だった。赤みがかった茶色の髪は絶妙の長さできれいに切りそろえられている。肩も腕も細くて、本当に実戦研修が修了できたのかと思ってしまう。目が合うと、彼はにっこり笑って小さく手を振った。
『好意的? ではあるのよね……』
 今度はジュリアの方がどう反応してよいかわからず微妙な顔になる。そんなジュリアの反応をうかがいながらAが口を開いた。
「じゃあ紹介します。現在のこの隊のメンバー、あっちの大きいのがB、小さくて細い方がCです」
「初めまして、よろしくね!」
 Cと呼ばれた赤毛の青年が会釈した。声を聞くと、男の子なんだと納得する。もうひとりのBと紹介された方は、ぶすっとした表情のまま少しだけ首を上下させた。
「こちら、今回配属になったミス・ジュリア・星河。研修生からそのままこっちに来たそうだよ」
 Cがびっくりした顔になる。Bは声をあげて笑った。
「はっは!そりゃ初のパターンだな。あんた、何やらかしたんだ?」
 俄然興味を示し始めた彼にちょっとムカッとしながら、一応あいさつする。
「ジュリア・星河です。よろしくお願いします」
 それからBに視線を移し、まっすぐ睨みつけながら続ける。
「研修中に装甲車一台廃車にして、指導教官を殴ったのでここに配属になりました」
「はあ?!」
 Bは目を丸くして口笛を鳴らした。Cはさっきから目を見開きっぱなしである。
「そりゃあまあ……やらかしたなあ」
「お前が言えた義理じゃないだろ」
 Aが横から突っ込む。Bの頬から笑いが消えた。
「余計なこと言うんじゃねえよ、A」
「そうか? 話聞いてる時からお前と同類の匂いがしてて、俺は気が重いよ。お前みたいなのが二人になるんだよ。それに旦那だろ。もう何って言うか……」
 大げさにため息をつく。
「またAの気苦労の種が増えちゃうね。大丈夫、僕が癒してあげるから」
 Cがにっこり笑って言うと、Aは微妙な顔になる。
「あーうん……いい、それは遠慮しとく」
「えーなんでえ?!」
「いや、いいから」
「ん、もう意地悪!」
 Cはぷっとふくれてみせる。いや、女子か?! と心中で突っ込みつつ、ジュリアは横目でBの様子を伺った。ものすごく不機嫌な顔でこちらを見ている。「なんでこいつと同類視されなきゃなんねんだよ」と顔に書いてある。多分、自分も同じような顔してるんだろうなと思いつつ、負けずに睨み返していると、ドアが開いた。先ほど格納庫で逢った男――確かL、とか旦那、とか呼ばれていた――がタブレット片手に入ってくる。
「ご苦労様。何か気になること、あったかな」
「いや、何も。言ってやったところはちゃんと直してあった」
 応えながらLは手にしていたタブレットを、所定の場所らしきところへ戻した。
「今、二人に紹介してたところだよ。こちら……」
「さっき聞いたからいい」
 ぶっきらぼうに言ってLはソファに腰を下ろし、煙草をくわえて火を点けた。今時珍しい喫煙派か、でも煙草、サマになってるなぁ、などと思っていると、その視線に気づいたらしく、Lがこちらを見た。薄い灰色の目が、Bと同じくらい鋭い。
「気にする派か? いやなら出てってもらった方がいい。俺は吸うのはやめないからな」
「いや、別に構わないわよ。あたしも吸ってたことあるし。今はやめてるけど」
 そう応えると、Lは何も返事をせずフイと視線を外した。睨み合っていたBも、自分からジュリアの視線が外れたのを機に壁のスクリーンに顔を向けて、こちらにはもう一瞥もくれない。Cだけが時折ちらちらとこちらに視線を送ってよこしている。
 「さてと、じゃあ俺はやらなきゃいけないことがあるのでそっちに戻りますね。隣が簡易キッチンになってて、食料キットと調理用のレンジがあります。食事は各自自由にすることになってるので、あなたも好きな時間に好きなものをどうぞ。わからなかったら誰かに聞いてください。まあ、気楽にしてて」
 Aはうっすら意地悪っぽさの漂う笑顔でそう言うと、部屋を出ていった。『……なるほど、こりゃ居心地悪いわ』取り残されたジュリアは三人を代わる代わる見比べ、ちょっと肩をすくめると言った。
「格納庫でエアバイクの整備、してます」
「あっ、はあい、行ってらっしゃい」
 Cが応えてくれたがあとの二人は無視である。『感じ悪っ!』心の中で毒づきながら、ジュリアもその部屋を後にした。

 だだっ広い格納庫に戻ってきて、ジュリアははぁ、と息をついた。そんなつもりはなかったけれど、やはり緊張していたようである。よくない噂ばかり聞いていたせいかもしれない。とりあえず今のところ、印象は最悪である。これからここにいなくてはならないとして、馴染める自信は正直、ない。前にここに回されてきた人たちもこんな感じだったのかな……だからすぐにやめてったのかな。そりゃそうだわな。一人で納得しながら、ジュリアは整備用の工具を探し出し、愛機の脇に腰を下ろした。シャンパンゴールドのなめらかな曲線が照明を受けてキラキラと輝いている。
『んーかわいい! さすがはあたしの子猫ちゃん』
ボディを撫ででいると、落ち込んでいた気分が少し回復してきた。
「よっしゃ、時間はたくさんありそうだから、腕によりをかけてキレイにしてあげるか!」
 そう呟くと、彼女は工具の入ったコンテナの中を、ガチャガチャさせ始めた。
 作業に没頭し始めると、落ち込んだ気分はすぐにどこかへ消えた。エアバイクの整備は乗り始めたころからずっと自分でやっている。同年代の女子たちが夢中になっているファッションとかコスメとか、そういうことにも人並みに関心はあるけれど、ジュリアにとってエアバイクはそれよりも大切なものだった。きちんと構ってやればそれに応えてよく走ってくれる。一緒に駆けているときの爽快感は何にも代えがたかった。だから同じように、自分のバイクを大切にしている人に出会えると嬉しくなって、そして繋がって……人生のあるひと時、ジュリアにとってはマシンが全てだった。今でも、愛機はその頃と変わらず自分の傍にいてくれる。ジュリアにとって、このエアバイクは大切な相棒(パートナー)だった。
 「あのー……」
 小さな声が耳に入り、彼女は手を止めて顔を上げた。格納庫の入り口から、先刻引き合わされた赤毛の少年が覗き込んでいる。C、といったっけ?
「なに?」
「あの……見ててもいい? 邪魔?」
 唐突な申し出に、ジュリアは怪訝な顔になる。
「エアバイク、興味あるの?」
「ううん、あんまり……でも、その……」
 Cはきゅっと唇を引き結ぶと、たたっと駆け込んできた。改めて近くに立たれてみると、ほんとうに華奢だ。腕も肩も細い。背もあまり高くなくて、ジュリアと同じくらいである。
「今までここに配属になった女の隊員さん、みんなすぐ自分の部屋に引きこもっちゃってたんだよね。僕、新しい人が来るといつも話したかったんだけど、大体最初からシャッター降ろされちゃうから、残念だなって思ってた。でもさ、あなたは自分の部屋じゃなくて、格納庫でエアバイクの整備って言ったから、いつもとちょっと違うな、って思ったの。だから、今、仕事もないし、もしかして話、できたらと思って来てみた。うっとうしいなら遠慮するけど」
 まっすぐにこちらを見つめている赤紫の瞳に悪意は感じられなかった。少し考えて、彼女は応えた。
「いいわよ、別に。興味のない人には面白くもなんともないかもしれないけど」
「ほんと?! ありがと!!」
 Cの顔がぱあっと輝く。ジュリアは微笑んで頷き、再び工具を握りなおしてエンジンのあたりをいじり始めた。Cは格納庫の隅にあったストールをもってきて、ジュリアとエアバイクの隣にすとんと腰を下ろした。そしてにこにこしながら、彼女があちこち締め直すのを見ている。
「そういえばさっき、今まで来た人たちみんな、最初からシャッター降ろしてたって言ってたわね」
「うん」
「それ当然だと思うわよ。来る早々あんなそっけない対応されたら誰だって引きこもりたくなるわよ。新人はすぐいなくなるからあんまり説明しないことにしてるとか、さっさと出てけって言ってるようなもんじゃん。あのAとかいう人、人当たりは柔らかいけど言ってることは相当意地悪いわよ」
「あー、そうだねえ。ごめんね」
 Cは思い出すような顔になって、くすっと笑う。
「ほんとはイイ人なんだけどね、いろいろあって、ポジション的に最初はそういう対応したほうがいいかなってところに落ち着いたらしいよ。」
「へえー、いろいろってなによ」
「良かれと思って気を使って、かえって相手の気持ちを逆なでしちゃって罵倒されたりとかね。結構落ち込んでたこともあったんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
 相槌をうちながらジュリアはひととおりの点検を終え、工具を置いた。そして傍らのCに向き直る。
「にしてもキミ、華奢だよね。歳いくつ? ほんとに研修メニュー終了できたの?」
 急に自分に矛先が向いたので、Cはびっくりした顔になった。そのまんまるに開いた眼が可愛らしくて、思わずジュリアも頬を緩ませる。
「ごめん、立ち入ったこと聞いたわね。別に応えなくていいわよ。あたし思ったこと、結構すぐ口に出ちゃうのよね」
 片手を振ってそう付け加えると、Cは慌ててふるふると首を横に振った。
「ううん、そういうふうに聞かれたの初めてだからびっくりしただけ。ほら、僕こんなんでしょ? だからみんな、気持ち悪がって寄ってこないんだよね」
「そうなの? あたしは結構かわいいと思ったけどね。あ、でも……」
 ジュリアはちょっとためらってから聞き直した。
「率直に聞くけど、ゲイなの?」
「ゲイでは……ないです、うん。説明すると長くなる」
「じゃあそこは省略してもらっていいわ。で、いくつなの?」
「23歳。一応研修は終了したよ。かなり成績は悪かったけど。特に実戦はね」
「ほんと?! えらいね、そんなに細いのに。頑張ったのね」
 ジュリアの言葉に、Cは嬉しそうに笑った。
「ありがと! そんなふうに言ってもらえたのも初めてだ! なんか嬉しいな」
 語尾にハートマークがちらついているような気がして、ますます可愛く見える。あたしより三つ下か……弟と同い年であることに気づき、痛みが胸を噛む。それを振り払うように、ジュリアは言葉を継いだ。
「ここに来る前はどこの所属だったの?」
「カテゴリーBの補給部隊。劣等生だったからね。物資の在庫管理と調達をしてたんだけど、その……そこでちょっとトラブル起こしちゃって、ここに回されたの。もう一年くらいになるかなあ。今いる人の中では僕が一番入ったのが遅くて、僕より一年ぐらい前にBが入ったんだって。その前はずーっと、Aと旦那の二人だったって」
「あの二人が一番古株なのね」
「うん、二人でこの部署、立ち上げたみたい。後の人は入ってはやめ、入ってはやめ、で、Bが来るまでは実質二人で業務を回してたって言ってた」
「Bってあの背の高い人ね」
「そう、あんまりいい感じじゃなかったでしょ」
「うん」
「でもたぶん、あなたと彼、似てると思うよ。こうやって話してると、ますますそう思う」
「やめてよ、あんな奴と一緒にしないで」
 鼻の頭に皴を寄せてしかめっ面になるジュリアに、Cはうふふ、と笑った。
「同族嫌悪、ってやつじゃない? 一回お仕事やってみたら、案外良いコンビだって思うかもよ」
「えーっ、そうかしらねえ。今んとこ、そんなふうになれるとはこれっぽっちも思えないけどなぁ」
「今のところは、ね」
 Cはそう言ってウィンクして見せた。ジュリアもにっこり笑い返す。
「あんたとは仲良くできそうな気がするわ。まぁ長居しない、ってあの人……Aさんだっけ? には言われたけど」
「僕もです。ずっといてくれたら嬉しいけど、それはあなたが決めることだから」
「意味深な言い方ね……まあいいわ。ねえ、この整備が終わったらあたしの部屋に来ない? 荷物はそんなにないけど、ここに来る時に同じチームだったみんなが餞別にくれた美味しいお菓子があるの。一緒に食べよ」
「ほんと?! 嬉しい、行くー!!」
「じゃ、もう少し待っててね」
 そういうとジュリアはエアバイクに向き直る。Cはにこにこしながらそれを眺めていた。

 ジュリアが着任してから三日が過ぎた。ベム関係の案件の連絡は入らず、基地の中は淡々と今まで通りの日常が過ぎている。しかし、その一角が妙に華やいでいた。もちろんジュリアと、それからC。すっかり意気投合した二人は、お互いの個室を行き来しながら、お喋りに花を咲かせまくっていた。
 この基地では食事は、『自分で食べるものは、食事キットを自分で調理して食べる』と決まっている。特に時間が決まっているわけでもなく、みんなで集まって同じものを食べるわけでもないのだが、二人はいつの間にか、食事も一緒に共有ルームで摂るようになった。そのたびに賑やかな声がするようになり、いつの間にかそれが合図のようになって皆が食事をしに出てくるようになった。
 「いっつもキャーキャーうるせえな。よくそんなに喋るネタがあるもんだ」
 その日の昼食も二人でとっていると、Bが入ってきた。
「スクリーン点けてんのに全然見てねえじゃねーか。だったら消せや」
「うるさいこと言うんじゃないわよ。あんただって点けたままなんか読んでたりするじゃん」
 ジュリアが言い返すと、Bはむっとした顔になった。
「画面とお前らとで二倍うるせえっつーの。はー、静かな基地だったのになあ」
 ぶつぶつ言いながら隣のキッチンに入っていき、あちこちばたんばたんいわせている。ジュリアが表情だけで、「なに、あいつ?!」と話しかけ、Cが笑いながら肩をすくめた。やがて本日の昼食が決まったらしく、調理レンジにスイッチの音がした。しばらくして出来上がったトレーを持って戻ってきたBは、別のテーブルに陣取って食事を始める。
「うるさかったら自分の部屋で食べればいいじゃない」
「どこで食べようと俺の勝手だろ」
 言いながらスクリーンのチャンネルを変える。
「あーっ、勝手に変えないでよ、見てたんだから!!」
 Cが抗議の声をあげる。
「だーから喋ってんだろーが。見てねえじゃん」
「これから気になるコーナーがあるんだってば!」
「あんた一人のスクリーンじゃないんだから、変えてもいいかのひと言ぐらいあってもいいんじゃないの?」
「せーな。でかいツラすんなよ、新入りが」
「はあ?! 関係ないでしょそんなの! 最低限のマナーでしょうが!」
 Bとジュリアが睨み合う。昨日あたりからよく見られるようになった光景である。Bが難癖をつけ、ジュリアと喧嘩になる。最初はおろおろしていたCも、だんだん慣れてきて、今はあまり慌てなくなった。
 「またやってるんですかー?」
 そう言いながらAが入ってきた。こちらも、最初の一回は仲裁を試みたが、以降は二人が喧嘩を始めても放っておくようになった。その代わり、必ずひと言割って入る。すると不思議なことに、Bは突っかかってくるのをやめるのである。そして舌打ちなどしながら雑誌をとり、それを見ながら黙々と食事に戻る。今日もそうだった。別に怒った風でもなく、ごく普通の口調なのに、そのひと言でBを黙らせるのはなんかすごい……と、ジュリアは思うようになっていた。
「俺もここで食べさせてもらっていいかな?」
 自分の分の食事を持ってAがキッチンから戻ってくる。ジュリアとCは笑顔で「どうぞ」と応えた。Bは無言で食べ続けている。Aはその同じテーブルに、少し間をおいて座った。
「すっかり仲良くなったみたいだね、そっちの二人は」
「おかげ様で。さんざん悪い噂ばっか聞かされてたから、どうやって過ごそうかと思ってたけど、Cがいてくれてよかったわ。あなたたちのこともいろいろ教えてもらえるしね」
「いろいろ?」
 Aが尋ねかえす。Cが「あっ」という顔になり、それをBがじろりと睨んだ。
「おいC、お前、何余計なこと喋ってんだぁ?」
 Cは首をすくめる。
「別にいいじゃない。あたしの情報は全部そっちに伝わってんでしょ? なのにこっちは『新人にはあんまり深入りしてほしくない』みたいなこと言って何も教えてくれないの、不公平だと思うんだけど。ねえ、元カテゴリーSの機動隊員さん?」
 ジュリアが言い返すと、Bはやっぱり、という顔になってまた舌打ちをした。結構迫力のある舌打ちだったので、Cはびくっとする。
「そちらのAさんは統合司令本部で、Lさんは対宇宙テロチームだったんですってね。みんなカテゴリーSのエリートさんじゃない。なんでこんなところにいるのか、あたしの方が訊きたいわよ……」
「そこまで」
 Aがジュリアの言葉をさえぎった。静かだけれど有無を言わせぬ調子で、ジュリアの舌は凍りつく。
「確かにあなたの言うことにも一理あります。不公平だったかもしれませんね。でもだからと言って、他人の事情にずかずか踏み込んでくるようなことは慎んでもらいたいです。俺たちも、あなたの事情をほじくり返すようなことは言ってないつもりですが」
 きっぱりと言い渡されて、言い返す言葉は見つからなかった。ジュリアは口をつぐむ。Aは隣のCに視線を移す。
「Cも、あんまり余計なことまで喋らないように。話し相手ができてうれしいのはわかるけど、ちょっと口が過ぎるよ」
「はい……ごめんなさい」
 怒られて、Cはしゅんとなる。しおれてしまったCが可哀相で、ジュリアは慌てて囁いた。
「あーごめん、C。あたし喋り過ぎた。おかげで怒られちゃったね」
「ううん、そんなことないよ。僕も悪かった」
「にしても腹立つ言い方! でも言ってることはもっともだから言い返せなくて悔しい! だから頭のいい奴は苦手よ」
 ジュリアはそう言ってフン、と鼻を鳴らした。Cはそんな彼女を見てクスッと笑う。
 と、その時。基地中に呼び出し音が響いた。共有スペースの四人は一斉に顔を上げた。Aが立ち上がると急ぎ足で部屋を出ていく。Bは黙って二人分の食べかけの食事を片付け始めた。
「もしかして、お仕事?」
 ジュリアが尋ねるとCはやや緊張した面持ちでこくんと頷いた。二人も立ち上がると、自分の食事を片付ける。戻ってくるとちょうど、Lが入ってきたところだった。
「仕事か。結構間が空いたな」
「だな」
 Bが応える。部屋の中ににわかにピリリとした空気が漂い始めた。
 ほどなくして、タブレットを手にしたAが戻ってきた。
「出動要請だ。座標TNA-53、PW-115、タウリ星系小惑星群。出たのはジャプリウスの群れ、付近にいた輸送艇とエアバイクの集団が捕まって身動き取れなくなってるらしい。救出が最優先、ベムの駆除は必要があれば、っていうところかな」
「了解。五分後に出るぞ、遅れるな」
 Lが風のような疾さで部屋を出ていく。その後にBが続く。Aはジュリアの方を向いた。
「というわけです。五分後に出動するから、船外活動できるスーツで格納庫に集合してください。C、手伝ってやって」
「エアバイクがあった方がいいんじゃないの?」
 ジュリアの問いにAは一瞬考えこんだ。
「――すぐに出せますか?」
「準備はできてるわ」
「じゃあ急いでください。着替えてエアバイクをゲルニカに乗せるまでで五分です」
「了解」
 答えてジュリアが身を翻し、部屋を出ていく。その後を追いかけながら、CがちらりとAに視線を投げ、にっこり笑った。Aは苦笑めいたため息をひとつ漏らし、それから自分も部屋を後にした。

 お気に入りのエアバイク用のライダースーツはいつもの通り、着た途端に体に馴染む。まだ梱包されたままのものが多い荷物だったが、スーツとヘルメットは真っ先に出してワードローブにかけていた。あとから追いついてきたCが目を丸くする。
「はやっ!! もう着替えちゃったの?」
「仕事の内容はわかんないけど、やるときはたぶんこの格好がいいだろーなと思ってたからね。用意しといた」
 言いながらジュリアは慣れた手つきでブルネットの巻き毛をくるくると束ね、後ろでまとめた。
「さっ、行くわよ。エアバイクも載せなくちゃいけないから急ごう」
 そう言ってから怪訝な顔になる。
「あんたは船外用スーツじゃなくていいの?」
「あ、僕は後方支援担当なんだ。船外作業には出ないから……出ても役に立たないし」
 笑いながら肩をすくめる。少し寂しそうな横顔が気になったが、ともかく急がなくてはいけないようだったので、それは後回しにすることにした。
「わかった。じゃ行こうか」
 ヘルメットを手に取り、ジュリアは踵を返す。Cはこくんと頷くと、彼女について格納庫に向かった。
 格納庫では、彼女が運んできた宇宙艇『ゲルニカ』が起動を始めていた。唸るような暖気の音が響き渡る。ひと足先に到着していたBが、必要な機材をいくつか選んでカートに乗せている。ジュリアのライダースーツと同じような素材の宇宙用スーツに着替えている。『やっぱり、実働部隊はこの人か……だよね!』ジュリアは独り言ちた。それから振り返ってCに言う。
「Cは乗ってて。あたしはエアバイク積み込むから」
「わかった!」
 Cが後方に開いた搭乗口から船内に駆けこんでいく。ジュリアは格納庫の隅に停めていたエアバイクのロックを外し、エンジンを起動させてまたがると、搭乗口からゲルニカの中に滑り込ませた。いつでも出られるよう、アイドリングのままストッパーをかけ直す。
「持ってくのか、それ」
 カートを運び込んできたBが声をかけた。
「持ってくわよ。あたし、これが一番得意だもん」
「邪魔にはなってくれるなよ。相手はベムだからな。こっちの思い通りになんか動いてくれねえぞ」
 機材を降ろしながらBが言う。いつものからかうような口調ではなくて、ジュリアは少し驚いた。準備をしている横顔は基地にいる時とはだいぶ違っている。真顔で装備をチェックし、足りないものがないか確認している。その様子を見ると、Cが言っていた『機動隊チーム所属』という前歴は伊達じゃないんだな、と思えた。
「気をつけるわ。指示してね、よろしく」
 真顔で応えると、Bはちょっとびっくりした顔でジュリアの顔をまじまじと見た。
「――何よ」
「いや、なんでもねえ。サポート、頼むわ」
 にやりと笑う。不思議なことに、その笑顔はなんとなく頼もしく見えた。
 「出るぞ。シートについてくれ」
 スピーカーからLの声がした。搭乗口がゆっくりと閉まる。Bが踵を返し、ジュリアもその後に続いた。
 コントロールルームに入ると、中央の操縦席に陣取っているLが、タブレットを手にしたAと何やら話していた。Cが自分の座席の前にある沢山のメーターの数字を確認している。Aは入ってきた二人に気づくと、Lと短く言葉を交わしてからそちらを向いた。
「ジュリアはそこの空いているところに座ってベルトを締めてください。出る時ちょっとGがかかりますから。B、電磁ネットは持ったか?」
「抜かりねーよ」
 Aはうなずくと、手にしているタブレットをジュリアに差し出した。
「これ、今から駆除するベムのデータです。見ておいてください」
「ありがと」
 受け取って言われた席に着く。ベルトを締めて、タブレットに映し出されたお初にお目にかかる生き物の画像とデータに目を走らせる。
「うわ……何コレ」
 思わず声に出てしまった。画面には不定形でゼリー状の見たこともない生き物がうごうごと浮遊している。あるものは二つに分裂し、あるものは仲間同士くっついて、すぐにその継ぎ目が見えなくなる。映像の傍らにはその生物の基本情報が羅列されているが、あいにくと見たこともない言葉ばかりで全く頭に入ってこない。生物は嫌いだったからなあ……ジュリアは小さくため息をついた。
「気持ち悪いよねっ! 僕も好きじゃないよ」
 チェックを終えたCが、自分の席から覗き込みながら言う。
「おめーはベムはだいたい“好きじゃない”だろーが」
 Bにそう返されて、Cは笑って舌を出す。
「うん、そう。だから迷惑になるから出ていかないの。BとAがいたらだいたい始末つくし」
「俺もあんまり得意じゃないんだけどね。ベムはともかく、Bが人使い荒くて……」
 Aの言葉にBがむっとした顔になり口を開きかけた時、Lが短く「出るぞ」といった。途端に、くん、と体がシートに押し付けられる。身構える暇もなく、ゲルニカは開け放たれた二枚の扉を一気に抜け、宇宙空間に飛び出した。
『わお……ナイススタート!』
 ジュリアは心の中で歓声をあげた。エアバイク乗りとしては、運転のうまい下手は乗せてもらえば一発でわかる、と思っている。乗っている者の負担にならないように、あっという間にトップスピードまでもっていくスタートダッシュ――この腕前ははただものではない。Cからちらっと聞いた、Lの前任部署が対宇宙テロ部隊だったという話を思い出し、なるほどねと納得する。BにしてもLにしても、実働部隊の最高峰チームにいたのは確かなようである。なんでこの“ダストシュート”チームにいるのだろう。ふとそんなことを考えたが、今はそんなことにかまけている余裕はなかった。研修所からまっすぐここへきてしまった彼女にとっては、これが実質CP入隊後初の任務である。そう気づくと、自分でもちょっと緊張してくるのがわかった。
『落ち着こう、落ち着け!』
 自分で自分に言い聞かせながら少し大きめに息をつく。そして、渡されたタブレットに再び視線を戻した。
                          (【3】に続く)

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