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ストーリーテラーが人類社会を支配する ─ 物語がサピエンスの脳をハックする #Fictus ⑵|進化心理マガジン「HUMATRIX」

"「お話しして」
「お話?むかしむかしモーガンはベッドに入りました」
「そんなお話やだ!」
「なんで?いいお話だろ?愛してるよ」
「3000回愛してる」
「ワオ… 3000か…そりゃすごいね 寝ないとおもちゃ全部売っちゃうぞ」
"

(『アベンジャーズ  エンドゲーム』)



# 物語の語り部


J. ゴットシャルは、1947年に撮影され『ライフ』誌に発表されて反響を呼んだ、コイサン族のストーリーテラー(=物語の語り部)の写真を上げる。

- Gottschall, J. (2012). The storytelling animal: How stories make us human. Boston, MA: Houghton Mifflin Harcourt. より引用

語り部/ストーリーテラーは、大きな身振り手振りをつかって物語を語る。周囲の皆は聞き手役となって、臨場感のある言葉によって繰り広げられる物語に没入する。

ストーリーテラーが語るのは、なんらかの教訓のある物語だ。その物語はたいてい〝集団の団結〟と〝部族の繁栄〟を讃えるような筋書きにまとめられている。

物語に登場する主人公は善人であり、敵は悪人だ。主人公は他の人々と協力し合って共通の利益を追求するが、それとは対照的に、敵役は利己的な目的のために人々を支配しようとする。

サピエンスが語る物語に登場する〝悪役〟は、ほとんど必ず利己的で、搾取的で、サディスティックな人間として描かれる。

*Kjeldgaard-Christiansen(2016)

なぜか?次回詳しく述べるように、物語とは "逆支配装置" だからだ。「悪人」は "みんなで憎むべき集団制裁ターゲット" として物語に登場する。善人たる主人公は悪の支配に苦しめられる人々と協力して立ち上がり、ついには悪を始末し、正義の喝采を浴びる。

その典型的なプロットから外れた筋書きの物語を、部族集団のなかでストーリーテラーが語った場合、聞き手は口々に不平や不満をこぼし、文句を言って語り手を攻撃する。「ポップコーンを投げる」のだ。

あんまりにひどい場合、お話を途中でやめさせることもある。人間の物語活動は、視聴者レビューまでを含めて完成する。語り手はこのことを無視できない。

────もちろん、ストーリーテラーはふつう、聴衆の不満を招くようなそんな真似はしない。

それゆえ、サピエンス社会で伝統的に語られてきた物語には、典型的で普遍的な脚本構造が見受けられる。サピエンスが語る物語プロットの文化的普遍性を研究して、ヒューマンネイチャーの本質に迫ろうとする試みも、進化文学の領域では進められている。


さて、物語を語る(=ストーリーテリング)という行動は、なぜ進化したのか?


────物語/ストーリーを耳で味わい、消費する側(=オーディエンス)にもたらされる生物学的利益は、前回の#Fictus ⑴ で述べた。

物語の中で生きのびたり死んだりすることで、サピエンスは"フィクショナル‪·‬エクスペリエンス"を蓄積できる。「実際に経験する」という危険やコストを冒すことなく、人生経験をエアプで積みまくることができるのだ。


────そうやって人生経験をブーストできる種は人間だけだ。これは生物界では凄まじいアドバンテージだ。

ただし、物語消費によって、人生経験をエアプで積みまくったことがもたらすアドバンテージを、オレたちが生きている中で実感として感じる機会はあまりないだろう。なぜなら俺たちが対峙している競争相手/ライヴァルもまたホモサピエンスであり、彼らもまた膨大に物語を食って生きる力を蓄えてきているからだ。

あらゆる物語に触れることを一切禁じられて部屋にひとり監禁されて育ったヒトと、小さい頃から物語消費や物語制作(例: おままごと) に親しんできたヒトが、「人生プレイ」のうまさで勝負するとすれば、後者の圧勝であることは間違いない。人権に反するのでそのような実験はできないが。

人生のあらゆる局面で迫られる選択。それに類似した状況はすでに物語的想像の中で仮想的に経験済み、というステイタス。「強くてニューゲーム」は人類にとってデフォルトだ。他の種にとってはそうではない。

映画『ファイナル‪·‬ディスティネーション』を見れば、風呂場で足を滑らせて死ぬ経験、道に飛び出してバスに轢き殺される経験、台所の上に不用意に置いていた包丁が刺さって死ぬ経験……etc. を積むことができる。

もちろん映画の登場以前はそれらの経験を映像ではなく口頭で伝えなくてはならなかった。しかし達人ストーリーテラーの語りの技術は素晴らしく、映写機なしでもおもわず目の前に映像が浮かぶような経験を聞き手側に味わわせることができる。


" 聞き手に仮想の経験値を積ませる。"


善悪に関する物語」も、この機能を果たしている。

悪がいかにして始末されるかの教訓〈物語〉という感情経験に訴えかける情報伝達形式をつかって脳にインストールしてもらうことは、聞き手であるサピエンス各個体の適応度を向上させてくれる。

────なぜなら、狩猟採集社会では実際に悪人は始末されるからである。(詳しくは次回#Fictus ⑶ で)


己の人生のスタートラインに立ち、これから人生ゲームをプレイすることになるキッズたちはとくに、物語欲求が強い。


冒頭に会話を引用したが全世界の人々が涙した『アベンジャーズ エンドゲーム』の印象的なシーンにおいて、トニースターク(アイアンマン)の娘は、寝る前に「お話しして」とパパにせがんだ。それはまさにサピエンスの幼獣として、生物学的に自然な行動なのだ。

寝ると人間の行動出力スイッチはOFFになる。夢はそれがOFFになった状態でここぞとばかりに脳内シミュレーションをこなすために進化した手段だから、就寝前に物語の供給を頼む本能が進化しているのは、生物学的に合理的といえるだろう。

(それに付き合わなかったトニーは父親として最悪だが、映画を見た人なら知っているように、彼は決して最悪の父親ではない)。


さて、物語を消費する側の適応度利得はわかった。では、物語を供給する側の適応度利得とはどのようなものなのか?

───それはプレスティージである。

この研究テーマの世界第一人者である進化心理学者のブライアン‪·‬ボイドは著書『On the origin of stories: Evolution, cognition, and fiction / ストーリーの起源―進化、認知、フィクション』で述べている。;

" 語りは社会的な種におけるコミュニケーションの優位性から生じている。それは受容者に利益を与える。 彼らは戦略的な情報に基づいてどのような行動を取るべきかをよりよく選択することができるからである。そしてそれは語り手にも利益を与える語り手は社会的な情報交換において信用を得ることができるし、関心と地位の面で得るものがあるからだ。 このような、語り手と受容者にとっての利益の組み合わせ、そして人間という種における社会的監視の強度は、なぜ語りが人間の生活にとってかくも中核的なものになってきたかを説明している。 "


(ブライアン‪·‬ボイド著、小沢茂訳 『ストーリーの起源―進化、認知、フィクション』国文社、2018年)



21世紀の先進国社会で最も高い収入を得ている職業として、人気俳優や女優、ハリウッド映画の監督、ベストセラー作家、ヒット漫画家、等々が挙げられるが、これらはどれもストーリー(物語)に関わる仕事だ。

そして "ストーリーを社会に供給する仕事" が高い評価を得るのは狩猟採集社会でも同様だ。部族の中で最も優れたハンターよりも、部族の中で最も優れたストーリーテラーの方が、高いプレスティージ(名誉)を与えられていることを人類学者たちは指摘している。

肉が平等に分配される狩猟採集社会では、狩りの天才は、現代社会におけるスポーツ選手よりもはるかに集団にとっての所属価値・存在価値が高いはずだ。それでもなお物語の語り手の方が評価されるというのだから、それがどれだけ余程のことか分かるだろう。

人類が進化してきた伝統的な小規模社会において、プレスティージ‪·‬ステイタスの高さは、子どもの多さと比例関係にある。生物学的適応度とは子供の数だ。

名誉を追求するストーリーテラーは、物語のプロットを社会から賞賛を受けられるような筋書きにまとめる。そう、〝集団の団結〟と〝部族の繁栄〟だ。

むかしむかし、あるところに────。



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