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無題

日が沈んでからのこの部屋を見るのは、今日が初めてだった。 よく出来た後輩が教えてくれた、90分30000円の占い師は 「新居に持っていくのは新しいものだけ。古いものは全て捨てて、新しくやり直すのよ。」 とやたらと赤い唇で話していたのを思い出す。 2年前に別れた彼と私は元鞘に戻り、同棲という形で新生活をスタートさせようとしている。 中村だか中本流の引越しの極意は簡単に私達や、人の過去を否定するように思えて煩わしかった。 振り払うように、2人がまだ付き合っていた頃にペア

    • 暁闇

      暁闇を観た。 開始早々から鳴り響くギターの音が、 本当に良かった。 引き伸ばしたような間が所々あり、 流れる音楽も相まって、登場人物の心情や、 その場の空気感をより鮮明にしていたと思う。 一人一人がそれぞれ、何かしらの欲に飢えていて、 それぞれが、ただ純粋に抱きしめられることや、 抱きしめることを、望んでいただけにもみえた。 音楽もキスも本もリストカットもセックスも花火もあの屋上の景色も、一時的でしかない。 日常における個々の救いとして、 それらがどんなに美しく映っても、 ど

      • 眠り

        穏やかに眠って欲しいと思った。 貴方の一日の終わりを想像する。 貴方は寝間着に体を包まれ、 収まりの良い寝床に入り込む。 朝の目覚めを不安に思いながら、 きっと恨めしく目覚ましをかけるのだろう。 そうして、乾かないままの柔らかい髪を枕に投げ出して、湿るように潤んだ睫毛は緩やかに閉じられる。 規則的な呼吸はやがて緩やかな寝息に代わって、空を撫で始めたら時折、貴方は眉を寄せるのだろう。 その顔を見てどんな夢を見ているのか考えるのが好きだった。 私はその夢の中で貴方の息と指に撫でら

        • 独白

          私に付いた枷は痩せれば抜け落ちるものなのでしょうか 課しているのは己でしょうか 思えばいつまでも美しさを人と比べながら生きています 私の醜さを私が誰より許せないのです 人が撮る小さな額縁はおぞましいものを描きます 自分が見て美しくなければ人が見てもそうは思えないでしょう だから己が美しいと思えないとどうしても辛いのです 不安の上に立ちながら毎日を過ごしています 歯も不安の上に立っているために変わったものの一つです 私の少し捻れた歯は2年と少しをかけて、真っ直ぐに治りました し

          浴室

          私には酷く冷えた湯船がお似合いだと思えた。 肌は湯船の中で気持ちの悪い青さを浮かべて歪んでいる。 アルコールのせいか下半身の関節が痛んで、憎い。 このまま湯船に全て熔けて無くなってしまえないかと思って、冷え切った身体を湯船に沈めていった。 伸ばしていた膝を少しずつ曲げ、頭を湯船につけていく。 長く動かなかったために、分断された温度の水が身体の周りで掻き回されていくのを感じる。 身体を滑らせ少しずつ沈む度に、攪拌された水が冷たく、水面と共に私の輪郭を撫で上げ、受け入れた。 耳の

          浴室

          ひとつの棺

          『一酸化炭素中毒で亡くなった人の遺体は綺麗なのピンク色に色づいてとても可愛くなるのよ。』 とまるで今見たように続けた口は、 『大抵は燃えてしまうけどね。』 とため息も笑いも漏らさず閉じられた。 私はもう冷めているマグカップを、 確かめるように握りしめて言った。 「なら私もそれがいいわ。」 『きっと燃えてしまうのに?』 「だからよ。 日本はどうせ、燃やしてしまうでしょう。」 彼女は自分の右脚を抱きしめ、 頬擦りするように膝に顔を乗せると、 悪戯に私を小さな歯で

          ひとつの棺