最近の記事

隅田川定点観測

4月の隅田川。銀座で用事を済ませてから、散歩がてらに足を伸ばすと、土曜の昼の川沿いは極めて平穏な非日常に満ちていた。コーギーを散歩する男性、クルージングから手をふる観光客、それに静かにこたえる老夫婦。たくさんの子ども。ここには平日、みなが身を粉にして働く理由が集う。 桜だろうか、階段に座る母親らしき女性が図鑑と川の向こうのなにかを交互に指して、男児に何かを教えているが、子は立ったまま身体を揺らし、走りたくてうずうずしているようだ。彼らが守りたいものが散り散りになって、川べり

    • ラオス旅行記#3 中国ラオス鉄道

      約束の時間から15分を過ぎても、運転手は来なかった。 当然、怒りや焦りは全くなかった。 異国で旅をしていれば、10分や20分くらいは平気で待つ。 ちがう時間の流れを楽しむために旅をしているのに、日本とおなじ感覚でカリカリしていては、貴重な時間を二重に無駄するだけだ。 ただ、いつもなら唯一の荷物である重いリュックを降ろし、出国前に空港で買った文庫本をひらいてのんびり気長に過ごせるところを、この日はそういうわけにもいかなかった。中国ラオス鉄道の出発時刻が迫っていたためだ。 2

      • ラオス旅行記#2 クアンシーの滝

        実際に訪れるまでは、滝は考えごとに向いているスポットだと思っていた。 水の流れる音がいい具合に雑音を消して、作業用BGMのように集中を高めてくれるのだと。 が、クアンシーの滝に行ってみると、全然そんなことはないのだと知った。 確かに雑音は消えてくれる。でも荘厳な水の音はあまりに分厚くて、考えごとのための余白にまで流れ込んでしまう。滝はむしろ、何も考えないために向いているのだ。 そういえば滝行ってやったことはないけど、どう見ても思い耽るような場景ではなかったような。納得しなが

        • ラオス旅行記#1 ルアンパバーン

          むかし王国の都があった町、という響きは旅先を選ぶにあたって十分すぎる引力をもっていた。今では地域全体が世界遺産に指定されていると知り、とりあえず航空券を取る。そのルアンパバーンという町に他になにがあるのか、知らなかったけれど楽しめる予感がした。歴史的な背景は都度調べよう。有名な滝があるらしく、それも気に入った。 着いてまず感じたのは、暑い。東京が10度を下回るような日に35度だ。旅には色んなチューニングがある。言語、物価、慣習、気候。異国の地が要請するさまざまな適応は、揉み

        隅田川定点観測

          できる配慮ができなくなる

          できる配慮ができなくなる、という瞬間が結構ある。 例えば実家。 私は地元に帰ると、そのほとんどを母の家で過ごす。 母には長年同居しているひとがいて、私も帰省の期間はその方にお世話になる。 料理もつくってくれるし、色々とおもしろい話も聞かせてくれる。 母とふたりで暮らしていたときは、母が家事をしているときでも、何も気にせずスマホを触ったり本を読んだりしていた。ただこれが、母とその恋人が台所に立っているとなると、なにか手伝わないと申し訳ないような気がして、そわそわしてくる。座

          できる配慮ができなくなる

          マニラ旅行記

          先日、一週間ほどマニラに居た。 海外に行くのは3年ぶりで、旅行として行くのは6年ぶりだった。期限切れのパスポートを再発行し、10年用の赤をゲットする。改めて成人になった実感は得られるが、正直デザインは青の方が好みだ。 向こうでは特になにかをするわけでもなく、散歩して、ご飯を食べ、たまに作業をした。滞在していたコンドミニアムのジムやプールで少し運動して、知らないビールをいくつか試した。インドアでも非日常感が漂ったおかげか、作業は捗った。ビールはスーパーで買うとかなり安くて(

          マニラ旅行記

          ケバブナイフ

          他人の立てる音をきいていると、喫煙所は吸うためというより吐くための場所という気がしてくる。駅近のカフェの喫煙ルームは、初めて行ったサークルの二次会のカラオケボックスや、いつかのゲロまみれの大塚駅なのか。怒号の飛び交うなか、水で希釈され固形物と液体の狭間にいる吐瀉物を懸命に排水溝へ押し遣った、あの駅員さんたちのT字ブラシの役割を、この清潔な部屋で爽快な音を立てるクリーム色の天井の換気扇は開店から閉店まで担い続けているのかもしれない。 ふーっ、ふーっふーっ と断続的な癖に不規

          ケバブナイフ

          車窓の話

          先日21時くらいに神保町から都営三田線を北に沿って散歩していると、水道橋辺りでドームシティが見えてきた。東京ドームと言えど、オフシーズンの夜は閑散としていて、ジャイアンツのユニフォームを着た子どもの姿もなく、見える人影もそこらで立ち話をしている若い男女くらいで、彼らも別にドームに用があるように見えなかった。特に見るべきものもなくただ歩いていると、ふいに「フォレスト・ガンプ」を題材にしたレストラン、ババ・ガンプを見つけた。USJでしかみたことのなかったババ・ガンプが東京にもあっ

          車窓の話