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ラオス旅行記#1 ルアンパバーン

むかし王国の都があった町、という響きは旅先を選ぶにあたって十分すぎる引力をもっていた。今では地域全体が世界遺産に指定されていると知り、とりあえず航空券を取る。そのルアンパバーンという町に他になにがあるのか、知らなかったけれど楽しめる予感がした。歴史的な背景は都度調べよう。有名な滝があるらしく、それも気に入った。

着いてまず感じたのは、暑い。東京が10度を下回るような日に35度だ。旅には色んなチューニングがある。言語、物価、慣習、気候。異国の地が要請するさまざまな適応は、揉みほぐしのように旅行者のツボを刺激し、身体を和らげる。このチューニングの過程で得られるほぐしは私にとって、旅の大きな目的のひとつなのだ。まずは気候からあわせていく。
タクシーのおっちゃんは「丘に登るなら涼しい朝がいいよ」とアドバイスをくれた。町を一望できると噂のプーシーの丘のことだ。明日の朝にでも行ってみなよ、とおっちゃんは言ってくれたけど、もう少しこの町を歩き慣れてから登るのがいいような気がして、そうします、と嘘をついた。とにかく暑すぎるから、中心地で降ろしてもらって、屋根のある店でビールを飲んだ。

ビアラオうまい


予約しておいた宿に向かうと、前払いを済ませて、綺麗なツインルームに案内してくれた。ひとりで使うにはもったいないくらい、広々としている。ただ私が予約したのは相部屋なんですが…と正直に伝えると、宿のおっちゃんはPCを再確認してからケラケラ笑って、さっきのツインより狭い三人部屋に案内してくれた。朝食もついて一泊1000円なのだから、なんにも文句はありません。

実際文句ないどころか、この宿はめちゃくちゃ当たりだった。
水回りは綺麗だし、朝飯がとにかくうまい。メニューも毎朝違う。町の中心地へのアクセスもいいし、宿のみんなも優しい。
滞在している宿のことが出会った人もひっくるめて好きになると、部屋で寝る前にヤモリっぽいなにかをみかけても不快感なく爆睡できるようになる。
普通に虫とか嫌いなので普段の生活じゃ考えられない。

翌朝、4時半に起きて丘を登る代わりに向かったのは、托鉢だった。
托鉢というのは、お坊さんが喜捨したい者からそれを受け取る行為であり、喜捨する者とされる者、双方にとっての修行である。
早起きが苦手でもルアンパバーンに訪れたなら托鉢は絶対に体験したい!という観光客は多い。実際、この町では参加者はほとんど観光客で構成されている。

お坊さんが列をなして町を歩き、そこに待ち構える私たち参加者がもち米を鉢に入れていく。彼らは何グループかに分かれて町を回っていて、一度に少なくとも10人がまとまってやってくるから、全員に行き渡るようにするためにはけっこうリズムが大事だ。もち米のほかにお菓子をいれることも出来て、どっちを入れるか迷っているとみんなあっという間に過ぎ去ってしまう。かといってせかせかと、テンポ良く入れていくことを意識しても、なんだか修行への集中が損なわれてしまうようで良くない。
周りの騒がしさもあって、托鉢に入り込めない時間が続いた。

そもそも正直に言えば、この托鉢は観光客のためにかなり調整されたアクティビティになってしまっている印象がある。開始する時間からして遅い。夜明けの静かな空気感のなか粛々と行われるイメージをもって5時頃に到着したのだが、路上にはもち米を売る女性たちのほかには、タイからやってきたという男性と私しか居なかった。このときはまだ辺りも暗くて、それなりに雰囲気もあったけれど、暫く待って5時40分になるとツアーの団体客がどっと押し寄せてきて、一気に騒がしくなった。6時を過ぎてようやく始まっても、休み時間が終わったのに騒ぎ続ける中学生みたいな客で溢れていた。もち米をいじくりながら笑い声をあげる集団、托鉢に参加せずにお坊さんの後をつけながら接写を試みる者。彼らはおそらく托鉢が喜捨するものにとっても修行であるという事実すら知らない。朝の散歩がてら、修行中の坊さんでも見てやろうと思っているのだ。路上の立て看板にはフラッシュ撮影を禁止する文言があった。この場所での托鉢が明るくなってから行われる理由のひとつらしい。

私は籠のなかのもち米が残り半分になってから、私とその隣に座るタイの男性くらいしかいなかった頃の暗がりをおもい浮かべ、じぶんのペースと胸のうちの静寂を保つことだけを意識した。あまり浮くことのない、彼らの素足の運びをみた。そのうち周囲の音が気にならなくなると、目前を横切る幾人の歩みにも、溜めをうむような動きの起伏があることがわかり、その波にじぶんの身体の波長をあわせていると、いつのまにか時間の流れ方まで変わっていた。

まだ静かだった頃


最後のグループが角を曲がって見えなくなり、私も片付けをして宿へ戻ることにした。彼らがどこへ行くのか、気になって角から覗いてみると、皆おなじ方向に、ほどけるように散って歩いていた。じぶんの座っていた場所を振り返ると、あのタイの男性が手を振ってくれた。私も帰路についた。


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