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振り返る舞台裏遍歴 前編

目指してきたもの(将来の夢)
小学生 … これといってなかったと思う
中学生 … 漫画家(漠然と)
高校生 … 漫画家

漫画家を目指した高校時代

何かを語れるとしたらこの辺りからで、それは今の創作活動にも繋がっている。
高校は進学校だったためか、授業は高1から受験対策的なものになっており、とても退屈だった。
そして大学で何かを学びたいというものもなかったため、早々に進学を拒否した。

しかし就職する気もなかったので、何かをやろうと思ったところ、中学生の時に漠然と漫画家をになりたい、などと卒業文集に書いていたので、真剣に取り組んでみようと思った。

描いた原稿は賞(週刊少年ジャンプ)に応募したが落選。
それはそうだろう、とは未熟者の自分は思わず、次作で持ち込み投稿をした。
そこで出会った編集さんに、ネームの段階で見てもらえることになり、以後高校を卒業するまで集英社へ通う。
自分の未熟さに気づき、絵の練習もしたし、創作のために知識を得ようと本を読みだした。
それまでの自分はあまり本を読む人でなかった。
こんな高校でも2~3人はいい教師がいるもので、現代文の老教師の影響もあって、文学に目覚めた。

そうして自己を見つめる機会が増え、だんだんと作風が少年誌から外れていき、卒業と同時に集英社へ通うことをやめた。
その後は青年誌の賞に応募を続ける。
絵の練習、知識の習得、創作する上で自分に足りないのは圧倒的に経験であることに気づく。

高校時代、何もなく過ごそうと思えばできたが、行動に移さないことは大きな損失とも思い、バイトもしたし好きな異性に告白もした。
当時は家に電話をかけるしかなく、色々とよい経験になったと思う。

フリーター時代

さて、そんな歪な高校生活を終え、経験欲しさに3か月単位でバイトを変えていく。
企業からしたら迷惑な話だが、自分的に就職したらそこでずっと働く、というイメージがあって、それはできないなと思ってバイト生活をしていた。(当時はフリーターと呼んでいた)

結果は中々出ず、第二次審査通過が一番よかった。
ところで、漫画家の道具というのは、今はデジタルに移行している人も多いだろうが、当時はもちろんペンだった。
鉛筆と同じようにはいかない。
ペンと紙、定規にトーン。とてもアナログだ。
ダイナミックな動きが魅力の池上遼一さんが好きだった。
そして大友克洋さんの圧倒的な緻密さに驚いた。
作風であれば手塚治虫さんがやはり別格だった。
浦沢直樹さんの清貧なポップ感も好きだった。


さて、アシスタントになろうとも思わず、宙に浮いた状態が続いていたが、21歳のときに温泉旅館で働いていたときに、新聞広告からある美大の通信大学があるのを知る。
一度絵をしっかり勉強してみたかった、と思い、応募。

京都時代 映像制作の序章

その大学は京都にあり、京都好きの自分にとってはスクーリングで京都へ行けることが嬉しかった。
油絵なんてやったことなかったのに、とりあえず入ってしまった。
休学を入れて長々と在籍したが、自分に油絵の才能がないことに気づき断念。
しかしここではとても貴重な体験をたくさんした。

25くらいで京都へ移住し、4年半住んでみた。
ここで出会ったビデオの仕事が、この後決定的に自分の人生を左右することになる。
舞台撮影や学校関係の仕事を主にしていた小さな零細映像制作会社だったが、ここで学んだことはこれまでの気楽なバイト稼業とは一線を画すものだった。
バイトだったが週6勤務で、仕事とは何かをここで教わった。
映像機材もアナログからデジタルへの移行期でもあり、納品形態もビデオテープからDVDへと変わっていく頃だった。
どちらも経験できたのが大きい。
大型カメラもビューファインダーはモノクロだし、バッテリーの持ちは短い上に重い。オートフォーカスもないし、絞りも自動だと役に立たないレベル。
編集に関しては、今でこそ完全にノンリニア編集だが、当時はテープtoテープのリニア編集を行っていた。
ベータカムも使用していた。
そこでMacG5を導入し、本格的にノンリニア編集へと変わっていく。

しかし、機材次第でいいものが撮れるか、出来るか、と言われれればNOだ。
基礎というのはやはりとても大事で、それゆえにスマホでビデオが気軽に撮れるようになってもプロカメラマンは減らない。

撮影の基本は、ポジション、アングル、カメラを向ける方向の3つだと教わった。
まさにこれができれば初見でもそこそこ撮れる。
一番難しいのはカメラを向ける方向、だと社長は言っていた。
瞬時に判断し、映すべきものを映す。カメラがそちらを向いていなければゼロだからだ。
それにはやはり経験が重要で、特に自分が撮った映像を自分できちんと編集をすること。
どうしてこの時この画を撮っていなかったんだ!……と悔やむことになる(笑)
ビューファインダーを見ながら、もう一つの眼で舞台全体を観察し、そして音を聞くこと。
この音を聞くことが意外と難しい。
映像に集中してしまうと、舞台で何が行われているかに注意がいかないのだ。
セリフやアナウンスを聞いていれば、おのずと次の展開が予想できる。
だから音は重要なのだ。

そうして映像関係のいろはを叩き込まれた自分は、この先ずっと映像には携わることになるのである。


後編へ続く……


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