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「汚い」

 湯と汗と石鹸と化粧道具ほか甘ったるいにおいを湛えたぬるい水蒸気の立ちこめるなかセーラー服胸元の留め金をぽつんぽつん外す。この服から抜け出すときはいつも壺をぬるぬる這う蛸の気持ちになった。制服は硬くて痛いほど肘を曲げねばならず乗り越えるには蛸になりきる気概が必要なのだ。イクコが体をあらぬ方向へぎくしゃく曲げているところへ小麦色の肌に白いシミーズを乗っけただけのサユリが尖った鼻を近づけ耳打ちする──なぁクミの乳首見た? イクコがぎょっとし顔を上げると眼前にサユリの嗜虐的な薄ら笑いが浮いていた──黒うて大きいなっとんや。
 何言うとんやオマエ変態か、人の乳首じろじろ見とんかいな。
 別にじろじろ見とうことあれへん、ちいちゃい頃からちょいちょい見よんや、ちらっと見ただけですぐわかる。
 イクコは黙ってサユリを睨めつけ襟から顔を抜く瞬間顎を引いてこっそり自分の胸元を覗いた。テニスボールを追いかけるとき足裏から響く衝撃がちょっと痛いからと乗っけた肌色のカップの隙間から白い膨らみと薄茶のトンガリが見える。ぞっとして上半身を引っこ抜き二の腕を寄せながら脱いだ服を丸めているとサユリのにやにやが肌を撫ぜるので自らの乳首を確認したことがばれたのではないかとびくびくした。脱衣場の入口近くで欠伸をしながらウエストのホックを外すトシチャンは会話が聞こえないようすで中年女のようにたるんだ乳房をベージュのブラジャーに包みもったりやわらかなおなかを隠しもしない。隠せばいいのに、と思った。隠してほしい、と思った。
 隅っこの籠で制服を畳んでいたクミがタオル片手に浴場へ向かおうとする。見とき──サユリは鋭く呟くと膝を曲げずにぺたぺた駆け出す。クミへ走り寄るサユリの尻を眺めながらイクコは胃に熱いものが落ちるのを感じた。人形みたいに細いサユリの体は色気がないと思うのに同級生の男たちを惹きつけるのはどうしてかと訝しんでいたが制服を抜け出したお尻は膨らんでつるっとして撫ぜると果物みたいな淡い産毛が心地よさそう。放課後の部活動のあとサユリの黒ずんだ肌を包むのは汗でなく媚だった──女、とちゃうんや。メス、や、メス。
 サユリの指がクミの尻をつかみクミがはっとして仰け反り振り返ろうとするとそのまま中指だけが伸び割れ目に滑り込み──イクコは思わず目を逸らす。何しよんねん、アホちゃうか。クミが怒鳴り頬をはたこうとするのをサユリはケラケラ笑いながら飛びよける。きっしょ、オマエがそこまで下品や思てへんかったわ。クミの怒声にイクコはおもてを上げる。ぬるっとなめくじのように重たげなクミの真っ白い乳房の真ん中には針で突ついたみたいな自分のものとは異質な丸い球体がぶら下がっていた。赤ん坊のしゃぶりつくやつ、という言葉が過ぎりそのおぞましさに血の気が引く。おなかはちょっとたるんでいるがトシチャンの幼いそれとは違い乳房や尻のように見てはいけないものめいている。
 この阿呆ガキども、床濡れてんねやから暴れなゆうとるのわからんのか、コケて頭ぶつけても知らんぞ。番台から番頭のミヨが顔を出す。なぁミヨちゃん、クミの乳首がミヨちゃんと同じなっとんで。サユリがうなじにはりつくようなねばっこい声を張り上げる。ミヨは深い皺の刻まれた眉間と口元をぴくりとも動かさずクミはタオルで胸を隠すと長い髪を翻し浴場の戸を開けイクコは俯いて脱いだ服を籠の中で何度も何度も撫ぜつける。トシチャンの視線が四人の女の上をきょろきょろ行きつ戻りつした。

(フリーZINE『好物』Vol.38テーマ「汚い」寄稿作品に加筆修正)

お酒を飲みます