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『嫌われる勇気』を読み直して、「自分の課題」と「他者の課題」を分けて考えられるようになった

社会人になって10年近く経つが、ここ最近、停滞気味。ミスして迷惑をかけてしまったり、慣れない作業が多くスケジュールが後ろ倒しになってしまったりと、思うように進められない。

毎日仕事に追われる日々を過ごす中で、この先自分はどうしていきたいのか悩んで悩んで、どうしたらいいか分からなくなってしまった。なので、信頼できる人に思い切って相談してみたところ、『嫌われる勇気』を薦められたので、素直に読み直してみた。

このnoteでは、その本の中でも特に印象に残っている『課題の分離』という概念について書いてみようと思う。


『嫌われる勇気』を読み直して

この本はすでに1回読んでいたので、その人に薦められたとき、あまり刺さらないのでは…と思っていた。

でも読んでみると、悩んでいる今のタイミングだからこそ、グサグサと刺さった。

個人的に印象に残っているのが、冒頭にも書いた「課題の分離」

「これは誰の課題なのか?」という視点から、“自分に変えられるもの” と “自分に変えられないもの” を見極める。自分に変えられるものだけを見極めて、他者の課題にあえて踏み込まないという考え方。

自分は、これができていなかったと痛感した。

たとえば、自分のことをよく思わない人がいるとする。でもそれは「自分の課題ではない」と考える。「好きになるべきだ」と考えるのも、相手の課題に介入することになるため、相手のために援助はするが、見返り的な発想はしてはならない、というもの。

当時はドライな考え方だな…ぐらいにしか理解していなかったが、改めて読み返してみて、その考え方の大事さを実感した。

過去のネガティブ体験も認めることができた

この本を読み返しながら、そういえば、小学校・中学校時代にサッカーでミスしたときに理不尽に怒られて辛かったことを思い出した。当初は「(漠然と)いやだった」というネガティブな思い出しかなかったのに、今思えば、自分だけが悪いのではなく、相手だって言い方や伝え方が良くなかったのだと、分けて考えることができるようになった。

それに、「試合中にキラーパスができたこと」「そのパスを起点に得点が生まれてチームの勝ちに貢献できたこと」など、できていたこともたくさんあったなと、ポジティブな面にも目を向けられる余力が生まれた。

仕事での行動も少しずつ変わりつつある

今の仕事としては、「創作大賞」や「週刊少年マガジン原作大賞」など、大きめのプロジェクトのタスクが同時並行で進んでいる。そのため、社内の各チームに相談する機会が増えている。

本を読んで、誰の課題なのかを見分けるポイント「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」と考えたとき、それは自分だと気づくことができ、人に素直に聞くことができるようになった。

これまでは「これってやったほうがいいのかな?」「分からないことを聞いたら迷惑だと思わないだろうか?」と萎縮して勝手にネガティブに考えてしまいがちだったけど、「分からないことをそのままにしたほうが後で困るし、早めに聞いておけば相手も答えやすいだろう」とシンプルに考えられるようになった。

行動の初速・スピードが上がったのは、『嫌われる勇気』を読み直したからだと思う。


・・・

実際、この話をその人に話したところ、すごく驚いてくれた。「平野さんが話した内容をnoteに書いてみるのはどう?」と提案されたので、こうやって書いてみることにした。

正直、自分が今悩んでいることなので、他の人にとっては刺さらない内容だとは思いますが、個人的に変化が大きかった出来事だったので書いてみました。もし誰かの役に立ったら、とてもうれしいです。

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